●「京都人の密かな愉しみ」のロケ地を歩く -1- (YouTube)
    初版2017年7月15日  <V01L01> 其の一 下鴨神社 暫定版
    二版2017年7月29日  <V01L01> 其の二 「久楽屋春信」実際は「俵屋吉富」 暫定版
    三版2017年7月29日  <V01L01> 其の三 雨宝院 暫定版
    四版2017年8月22日  <V01L01> 其の四 京都の名水 1.銅駝(どうだ)の水 暫定版
    五版2017年8月24日  <V01L01> 其の四 京都の名水 2.祇園神水 暫定版
    六版2017年8月25日  <V01L01> 其の四 京都の名水 3.鉄輪井(真名井の女) 暫定版
    七版2017年8月26日  <V01L01> 其の四 京都の名水 4.天之真名井(市比賣神社) 暫定版
    七版2017年8月28日  <V01L01> 其の四 京都の名水 5.染井の水(梨木神社) 暫定版
    八版2017年8月30日  <V01L01> 其の四 京都の名水 6.錦の水(錦天満宮) 暫定版
    九版2017年9月13日  <V01L01> 其の五 そば屋(晦庵河道屋) 珈琲夢譚(むたん)「珈琲滴」(直珈琲) 暫定版
    十版2017年9月15日  <V01L01> 其の六 縁結び編 泉涌寺 塔頭 雲龍院 走り大黒天 暫定版
    十一版2017年9月18日  <V01L01> 其の七  夏編 水の美学編 イノダコーヒ三条支店 暫定版
    十二版2017年9月27日  <V01L01> 其の八 秋編 代替わり編 鹿王院 暫定版
    十三版2017年9月30日  <V01L01> 其の九 夏、秋編 妙心寺 塔頭 衡梅院、大法院、天球院 暫定版
    十四版2017年10月9日  <V01L02> 其の十 夏編 わけありな夏編 御霊神社 暫定版
    十五版2017年10月17日  <V01L01> 其の十一 冬編 京都人の本音編 千代豆腐、秋編 作法編 あじき路地
    十六版2017年10月22日  <V01L01> 其の十二 秋編 百々町界隈、桜散る編 本法寺 暫定版
    十七版2017年11月16日  <V01L01> 其の二(追加) 秋編、秋から冬の味覚編 「茶ろん たわらや」の栗善哉
    十八版2017年12月8日  <V01L01> 其の十三 秋編 作法篇 粟田口 青蓮院門跡 暫定版
    十九版2017年12月21日  <V01L01> 其の十四 冬編、私は京都が嫌い編、桜散る編 福寿園、興聖寺を訪ねる
    廿版2018年1月6日  <V01L01> 其の十五 秋編 月と京都人編、芸妓一筋の花街 宮川町を歩く 暫定版
    廿一版2018年1月13日  <V01L01> 其の十六 冬編、鴨川 冬の岸辺編、メゾン ド クレーム(むしやしない) 暫定版
    廿二版2018年2月4日  <V02L01> 其の十八 烏丸今出川から同志社、相国寺塔頭 瑞春院を訪ねる 暫定版
    廿三版2018年2月18日  <V01L01> 其の十七 古美術 雨月(茶道美術 居原田)を探す 暫定版
    廿四版2018年2月24日  <V01L01> 其の十九 将軍塚、青龍殿、大舞台を訪ねる(前編) 暫定版
    廿五版2018年2月24日  <V01L01> 其の廿 将軍塚、青龍殿、大舞台を訪ねる(後編) 暫定版
    廿五版2018年3月17日  <V02L01> 其の廿一 今宮神社 お玉の井、一文字屋和輔 井 あぶり餅を訪ねる 暫定版
    廿六版2018年3月24日  <V01L01> 其の廿二 嵯峨朝日町 車折神社を訪ねる 暫定版
    (廿七版以降は”「京都人の密かな愉しみ」のロケ地を歩く -2-”を参照)

 「京都人の密かな愉しみ」はNHK BSプレミアムで2015年から不定期で数回に分けて放送されたドラマです。このドラマは常盤貴子主演で、観光旅行では見えにくい京都人の生活や文化を、観光地ではない隠れた風景をロケ地に使ってコミカルに描いています。常盤貴子の着物姿が京都とマッチして素晴らしいです。今回は動画(YouTube)で紹介します。


「下鴨神社」
<其の一 下鴨神社>
 常盤貴子演じる老舗和菓子屋「久楽屋春信(くらやはるのぶ)」の若女将で跡取り娘、沢藤三八子が下鴨神社の相生社に祈願に来ます。楼門の前にある相生社で、常盤貴子演じる沢藤三八子は事前に初穂料を払い絵馬を入手して願いを書き込んで、相生社を三回回り、三回目に絵馬を奉納します。その後、左隣にある連理の賢木(れんりのさかき)についている御生曳(みあれびき)の綱を2回引いています。連理の賢木は2本の木が途中で1本になっているので、末には結ばれるということだとおもいます。もう一ヶ所、「京都人の密かな愉しみ」で常盤貴子演じる沢藤三八子が登場するロケ地があります。糺の森の中にある石橋です。沢藤三八子と弟が出会う場面です。

写真は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)通称”下鴨神社”の楼門です。この左手に相生社があります。 下鴨神社は式内社、山城国一宮、二十二社の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されています。(ウイキペディア参照)
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「俵屋吉富」
<其の二 ドラマでは「久楽屋春信」実際は「俵屋吉富」>
 老舗和菓子屋「久楽屋春信(くらやはるのぶ)」のロケ地です。若女将で跡取り娘、沢藤三八子(常盤貴子)のお店との設定ですが、元々、京菓子「俵屋吉富」のお店ですから、お店の名前の変更だけでそのままロケ地として使っています。「俵屋吉富」はホームページによると、宝暦5年(1755)より同所で創業されており、かなりの老舗です。他にもお店をお持ちで、京都ではかなり有名な京菓子店の一つです。

写真は現在の「俵屋吉富」本店です。ここがロケに使われました。このお店の前を常盤貴子演じる沢藤三八子が和服姿で歩くのは美形です。又、写真の右端にある路地から托鉢の僧(腹違いの弟)に施しをしている場面でも使われています。表通りから少し入ったところのお店なので、雰囲気が良いです。

「栗善哉(茶ろん たわらや)」
<其の二(追加)「栗善哉」(茶ろん たわらや)>
 「京都人の密かな愉しみ」 秋編、秋から冬の味覚編から掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。ドラマでは団時朗が演じるエドワード・ヒースローが表千家と裏千家ある小川通を歩いていると、常盤貴子演じる沢藤三八子が「久楽屋春信 寺之内支店」(実際は茶ろん たわらや)に入るところを見て、後を追って入ります。そこで沢藤三八子が頼んだ栗善哉を頼み、食べるところが撮されています。

写真は茶ろん たわらや(俵屋吉富の支店)の「栗善哉」です。最初、栗が沈んでいたのでお箸で上に上げて撮影しました。なかなか美味しかったです。塩昆布は口直しなのですが、団時朗が演じるエドワード・ヒースローが間違えて善哉に入れるところが面白かったです。もう一品、抹茶善哉も紹介していますので見て下さい。
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「雨宝院」
<其の三 雨宝院(うほういん)>
 ロケ地に上京区聖天町の雨宝院(西陣聖天)が使われたのかよく分かりません。強いて言えば本隆寺の瓦壁と雨宝院の門前にある西陣聖天の大提灯を撮りたかったのかなともおもいました。雨宝院の内側から門を通して本隆寺の瓦壁をバックに常盤貴子演じる沢藤三八子が日傘をさして歩く姿は絶品です。美人は本当に絵になります。

【雨宝院のあらまし】
​雨宝院は弘法大師を開基とする寺で、北向山 雨宝院 大聖歓喜寺と号し、弘仁12年(821年)、弘法大師が嵯峨天皇の御脳平癒のために、玉体に御等身の歓喜天を一刀三礼し、祈願して霊験を発光させて以来、東寺とともに皇城鎮護として栄えた大伽藍であった。ところが応仁の戦乱(1467年〜77年)で堂宇荒廃してしまい、その後、天正年間(1573〜93年)に再興された。現在の建物は、天明の大火(天明8年・1788年)で鳥有に帰した後に堂舎を再々興されたものである。又、古くから知られる「御衣黄(ぎょいこう)」という、たいへん珍しい薄緑色の花を咲かせる八重桜があります。(雨宝院のホームページより)

写真は現在の雨宝院です。ここがロケに使われました。いくつかの場面で使われていますので、知られざる名所かなともおもいました。
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「銅駝の水」
<其の四 京都の名水 1.銅駝(どうだ)の水>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から、京都の名水(神水)を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。まず最初は中京区土手町通夷川の銅駝会館前にある”銅駝の水”です。今回のドラマでの登場人物は団時朗が演じるエドワード・ヒースローです。彼が”銅駝の水”を酌みにやってきますが、最初は公園の水が”銅駝の水”と勘違いします。珈琲夢譚(直珈琲)のマスターが自転車で水を汲みに来るところで団時朗が演じるエドワード・ヒースローと出会い、後のストーリーに繋がっていきます。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真は現在の銅駝会館前の”銅駝の水”の汲み場です。見ていると、皆さん汲みに来ていますので人気があるのだとおもいます。私も呑まして頂きましたが、暑かったせいもあって、一気にコップ一杯、飲み干してしまいました。美味しかったです。
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「祇園神水」
<其の四 京都の名水 2.祇園神水>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から、京都の名水(神水)を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回は二回目で、祇園 八坂神社境内の祇園神水です。今回のドラマでの登場場面は、井戸掘り会社(八神鑿泉工業)の跡取り息子が会社の事務員の女性に入れて貰ったお茶の水を、最初、祇園神水ではないかといいます(これは外れなのですが)、これが祇園神水の登場場面となります。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真は祇園 八坂神社境内の祇園神水です。本殿の東側にあります。”飲料水ではありません”と書いてありますので、暫く見ていましたが汲んでいる方は見受けませんでした。
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「鉄輪井(真名井の女)」
<其の四 京都の名水 3.鉄輪井(真名井の女)>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から、京都の名水(神水)を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回は三回目で、下京区堺町通松原下ル鍛冶屋町254の鉄輪井(真名井の女)です。ドラマの最初では銀粉蝶演じる沢藤鶴子(母親役)がこの前を偶然通りかかり、右手の「鉄輪社」の小祠にお参りしようとして、中にいた団時朗が演じるエドワード・ヒースローに”縁切り”だと言われてビックリする場面があります。次の場面では井戸掘り会社(八神鑿泉工業)の跡取り息子が以前この井戸を修理したときに市井の女に取り憑かれて、小料理屋(鉄輪ノ井)で倒れますが、会社の事務員の女性(天之真名井の生れ変わり?)に助けられる話です(要約しすぎか!)。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真は下京区堺町通松原下ル鍛冶屋町254の鉄輪井です。右側が縁切り井戸で左側が「鉄輪社」の小祠です。井戸は枯れていて水は取れません。反対側に水が出ているのですが関係ない水のようです。写っていませんが、左側に命婦稲荷社があります。
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「天之真名井(市比賣神社)」
<其の四 京都の名水 4.天之真名井(市比賣神社)>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から、京都の名水(神水)を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回は四回目で、京都市下京区河原町五条下ル一筋目西入ル 市比賣神社(いちひめ)境内の天之真名井です。ドラマでは井戸掘り会社(八神鑿泉工業)の跡取り息子が以前「鉄輪ノ井」を修理したときに市井の女に取り憑かれて、小料理屋(鉄輪ノ井)で倒れますが、会社の事務員の女性(天之真名井の生れ変わり?)に助けられます。又、この女性にで入れて貰ったお茶の水を、最初、「祇園神水」ではないかといいますが、これは「天之真名井」の水だったわけです。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真は京都市下京区河原町五条下ル一筋目西入ル 市比賣神社(いちひめ)境内の天之真名井です。京都七名水の一つで有名です。私も呑んでみましたが、暑い日だったので、よけいに美味かったです。
<市比賣神社(いちひめじんじゃ)>
 市比賣神社の御祭神は全て女神様をお祀りしているところから女性の守り神とされ、女性全ての願い事にご利益があります。特に「女人厄除け」の神として厄除け女性の参拝者が全国から絶えません。
 ご創建は、桓武天皇の御代延暦十四年(七九五年)に、京都の左右両市場の守護神として、当時の左大臣藤原冬嗣公が両市社領内の堀川の西、七条の北(現在の西本願寺)に坊弐町をかこい、勅を奉じて勧請された社と伝わる。天正十九年(一五九一年)豊臣秀吉の時代、現在の地に移転鎮座されました。(市比賣神社ホームページより)

<天之真名井(あめのまない)>
 落陽の七名水の一つに数えられ、当社神宝天目椀「天之八塩(あめのやしお)」で汲み出された「若水(わかみず)」を、歴代天皇の産湯に用いられたという伝承が残る。現在も名水として茶会、花展・書展等に用いられる。また、絵馬を掛け、「天之真名井」のご神水を飲んで手を合わせると、心よりの願い事が一つだけ叶うと伝えられる。(市比賣神社ホームページより)
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「染井の水(梨木神社)」
<其の四 京都の名水 5.染井の水(梨木神社)>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から、京都の名水(神水)を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回は五回目で、京都市上京区寺町通広小路上る染殿町680 梨木神社(なしのき)境内の染井の水です。ドラマでは団時朗が演じるエドワード・ヒースローがこの水を汲みにやってきます。そして”この水で割る日本のシングルモルトは最高だ!”と言います。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真は京都市上京区寺町通広小路上る染殿町680(京都御所の東側) 梨木神社(なしのき)境内の染井の水です。京都の三名水「醒ヶ井、県井、染井」の一つで、唯一残っています。私も呑んでみましたが美味かったです。

<梨木神社(染井の水)>
 梨木神社(なしのきじんじゃ)は、久邇宮朝彦親王の令旨により、三条家の邸宅跡に三條實萬を祀るための社殿を造営し、明治18年(1885年)、地名からとった梨木神社の社号と別格官幣社の列格を受けて創建した。その後大正4年(1915年)、大正天皇即位を記念して、子の實美を合祀した。明治維新に大きく貢献した三條實萬・三條實美父子を祭神とする。境内の井戸の水は「染井の水」と呼ばれ、京都三名水の一つとされる。京都三名水(醒ヶ井・県井・染井)のうち、現存するのはここだけである。(ウイキペディア参照)
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「錦の水(錦天満宮)」
<其の四 京都の名水 6.錦の水(錦天満宮)>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から、京都の名水(神水)を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回は六回目で、京都市中京区新京極通り四条上る中之町537番地 錦天満宮(にしき)境内の錦の水です。ドラマでは一般の方が”美味いな!、滑らかで甘いという感じやね!”と言っているところを撮影していました。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真は京都市中京区新京極通り四条上る中之町537番地 錦天満宮(にしき)境内の錦の水の説明看板です。右下に錦の水の井戸があります。この辺りは戦後、阪急電車が地下で乗り入れたりしたため、一時、井戸の水が枯れたりしたそうですが、現在は新たに井戸を掘ったりして復活しているそうです。

<錦天満宮(にしきてんまんぐう)>、
 錦天満宮(にしきてんまんぐう)は京都市中京区錦小路通新京極にある神社である。天満天神(菅原道真)を祀る。京の台所として知られる錦市場の東の端にあり、学業に加え商売繁盛も御利益に謳われている。長保5年(1003)、菅原道真の父親である菅原是善の旧邸「菅原院」を源融の旧邸・六条河原院の跡地に移築して「歓喜寺」が創建され、その鎮守社として天満天神を祀って創建されたのに始まる。天正15年(1587)、豊臣秀吉の都市計画のため、寺とともに錦小路東端の現在地に移転した。その所在地名から「錦天満宮」と呼ばれるようになった。明治の神仏分離により歓喜寺は東山五条に移り、神社だけが残された。(ウイキペディア参照)
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「 珈琲夢譚「珈琲滴」(直珈琲)」
<其の五 そば屋(晦庵河道屋)、珈琲夢譚「珈琲滴」(直珈琲)>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から、京都人物語を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回はそば屋(晦庵河道屋)と珈琲夢譚(むたん)「珈琲滴」(直珈琲)です。ドラマでは、“茶道叢林流家元(そうりんりゅう)”の跡継ぎの長男と次男が跡継ぎ問題についてそば屋で話し合う場面に使われています。長男は才能はあるが厭がって家を出てしまい、次男がやむを得ず後を継いでいます。長男は京都で木屋町 珈琲夢譚(むたん)「珈琲滴」(直珈琲)をしています。この珈琲屋に父親の茶道叢林流家元が訪ね、家の井戸の水を持ってきて珈琲を入れてくれと頼みますが、断られます。再度、妙心寺 塔頭 天球院の井戸の水を持ってきて珈琲を入れてくれるよう頼むと、長男は此の井戸の水に惚れて……となります。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真はドラマで珈琲夢譚「珈琲滴」のロケ地となった京都市中京区恵比須町534−40(京都流に言うと、姉小路通木屋町西入)の直珈琲です。カウンター6席の小さな珈琲屋ですが、珈琲が美味いです。店自体に季節感が漂っており流石とおもいます。もう一軒のロケ地となったそば屋は京都市中京区麩屋町通三条上の晦庵河道屋です。此方もなかなか美味い蕎麦でした。
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「 雲龍院の抹茶と和菓子」
<其の六 縁結び編 泉涌寺 塔頭 雲龍院 走り大黒天>
 「京都人の密かな愉しみ」 秋編から、京都人物語を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回は縁結び編 泉涌寺 塔頭 雲龍院 走り大黒天です。ドラマでは、福士誠治演じる立岩電機 営業部 村上晃(神奈川出身)が中村ゆり演じる泉涌寺 塔頭 雲龍院のお嬢さん 一柳美里を食事に誘います。彼は彼女が雲龍院のお嬢さんとは知らず、帰りにタクシーで送っていきます。市内から東大路通を泉涌寺道まで来て、左に曲がり泉涌寺道を入っていきます。タクシーの運転手が行先を細かく聞くので、彼女が雲龍院のお嬢さんということがばれてしまいます。タクシーで雲龍院に到着したところで、彼女が雲龍院の跡取りお嬢さんであることが分かります。彼女は、お寺の跡取りお嬢さんでは二度とデートに誘われないだろうとガッカリします。しかし彼は彼女が好きだったようで、お寺の跡取りお嬢さんであることを気にせず、度々雲龍院を訪ねることになります。そして、クリスマスの前に彼は走り大黒天の前に指輪を置きます。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真はドラマでロケ地となった京都市東山区泉涌寺山内町36の泉涌寺(せんにゅうじ) 塔頭(たっちゅう) 雲龍院(うんりゅういん)で頂いた抹茶と和菓子です。とても美味しく頂きました。少し駅から遠いので拝観する方もそんなに多くはないのでゆっくり見ることができます。ただ、坂道なので夏はこたえます。紅葉の季節が良いとおもいます。
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「 モーニングセット」
<其の七 夏編 水の美学編 イノダコーヒ三条支店>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回は夏編 水の美学編 イノダコーヒ三条支店です。ドラマでは茶道叢林流家元(そうりんりゅう)の長男が幼い頃、家元の父親に連れられてイノダコーヒ三条支店行った思い出を三条支店を撮しながら話しています。大きな丸テーブルの中でバリスタがキビキビ動いているのを見るのが大好きだったと話します。長男は今木屋町 珈琲夢譚(むたん)「珈琲滴」(直珈琲)をしています。常盤貴子は残念ながら登場しません。

写真はドラマでロケ地となったイノダコーヒ三条支店でオーダーしたモーニングセット 900円です。生ハムからチーズまで入っており贅沢なモーニングです。ゆっくり時間を掛けていただきました。ここでは奥の大きな丸テーブルに座って、中にいるバリスタの動きを眺めるのが通です。
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「 鹿王院 山門」
<其の八 秋編 代替わり編 鹿王院>
 「京都人の密かな愉しみ」 秋編から掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。今回は其の八 秋編 代替わり編 鹿王院(ろくおういん)です。ドラマでは、京都の洗い屋「辻光」の長男 林遣都が演じる辻純正が洗いの仕事を手伝っていた鹿王院に谷村美月が演じる柏木文香が訪ねてくるところがこの門前です。さらに鹿王院の客殿の前の廊下が、親子で洗いの仕事をしているところに使われています。

写真はドラマでロケ地となった鹿王院の山門です。嵐電 鹿王院駅から300m程歩きますので、少々遠いです。

<鹿王院(ろくおういん)>
 京都市右京区嵯峨北堀町にある臨済宗系の単立寺院。山号は覚雄山。本尊は釈迦如来。鹿王院は、足利義満が建立した宝幢寺という寺の塔頭(禅寺等で歴代住持の墓塔を守るために建立される寺院)であった。宝幢寺は応仁の乱で廃絶し、その後は開山の塔頭であった鹿王院のみが残って寺籍を継いでいる。室町時代の記録である『花営三代記』や、開山伝の『宝幢開山知覚普明国師行業実録』によると、宝幢寺の建立経緯は次のとおりである。足利義満は康暦元年(1379年)のある夜、「そなたは今年中に大患をわずらうが、宝幢菩薩を祀る伽藍を建立すれば寿命が延びるであろう」との夢告を受けた。そのため、義満は自らの帰依する禅僧・春屋妙葩(普明国師)を開山として一寺を建立することとし、康暦2年(1380年)完成した。当初の寺号を興聖寺といい、後に宝幢寺(詳名は大福田宝幢禅寺)に改称したという。鹿王院は、嘉慶元年(1387年)、開山の春屋妙葩の寿塔(生前に造る墓)を守る塔頭として創建されたものである(春屋の死去は翌嘉慶2年・1388年)。宝幢寺は禅寺十刹の第5位に列せられる大寺であったが、応仁の乱で廃絶。塔頭の鹿王院のみが残った。鹿王院は寛文年間(1661年 - 1673年)、酒井忠知(徳川四天王の一人である酒井忠次の子)によって再興され、忠知の子である虎岑玄竹(こしんげんちく)が中興開山となった。(ウイキペディア参照)
 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「 妙心寺 南総門」
<其の九 夏、秋編 妙心寺 塔頭 衡梅院、大法院、天球院>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏、秋編から掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。

 今回は其の九
・秋編 秋から冬の味覚編 妙心寺 塔頭 衡梅院(こうばいいん)
 ドラマでは常盤貴子演じる沢藤三八子が年季茶会の有職和菓子の打ち合わせに衡梅院を訪れ、住職とお話しをする場面に使われています。
<衡梅院>
 開祖は、応仁の乱後の妙心寺を名実ともに再興した妙心寺六祖(九世)雪江宗深(せっこうそうしん)(仏日真照禅師、本源円通国師)。細川改元(まさもと)の外護(げご)を得て文明元年(1469)または12年に創建した。同18年に遷化(せんげ)した雪江は遺命によって衡梅院に塔された。その後止住(しじゅう)の僧を欠いて衰微したが、慶長9年(1604)にいたり、天秀得全(てんしゅうとくぜん)が真野蔵人一綱(まのくらんどかずつな)の援助を得て中興を果たした。現在の方丈はこのとき建立されたもので、同年8月の紀年を有する棟札が残されている。(妙心寺ホームページより)

・秋編 代替わり編 妙心寺 塔頭 大法院(だいほういん)
 ドラマでは、京都の洗い屋辻光の長男 林遣都が演じる辻純正が父親の洗いの仕事を手伝っていたのがこの大法院です。この場面で東京の出版社に就職が内定したので父親に東京に行くことを許してくれるようお願いしています。
<大法院>
 開祖は淡道宗廉(たんどうそうれん)。寛永二年(1625)、千種有能(ちぐさありよし)の室長姫が、祖父真田信之の遺命に応じ、信之の菩提所として創建した。長姫は妙心寺百七十五世絶江紹是(ぜっこうしょうてい)に帰依しており、その法嗣(はっす)淡道を開祖に請じたもの。院号は信之の法号にちなんでいる。また長姫の姻戚開係から、久我(くが)、千種、真田、内藤四家の香火(こうか)寺ともなった。のち光国院の梁南禅棟(りょなんぜんとう)が申興し、このとき盛徳院を併合している。さらに明治十一年(1878)に松林院を併合し今日にいたっている。(妙心寺ホームページより)

・夏編 水の美学編 妙心寺 塔頭 天球院(てんきゅういん)
 ドラマでは“茶道叢林流家元(そうりんりゅう)”が襲名茶会の時に使った水が天球院の井戸の水だったと住職と話している場面に使われています。井戸から水をくみ取る場面もあり、天球院の門前から見える井戸も使われていました。
<天球院>
 開祖開祖は妙心寺百四十世江山景巴(こうざんけいは)無尽燈光禅師。寛永八年(1631)、池田光政(いけだみつまさ)の伯母天球院(てんきゅう)殿が自分の永代追善(えいたいついぜん)のために、江山を請(しょう)じて創建した菩提所塔頭。天球院殿は因幡(いなば)島根県の若桜(わかさ)鬼ヶ城の城主山崎家盛(やまざきいえもり)の室であった。寺地(じち)は寿聖(じゅよしょう)院から譲り受けているが、現方丈重文は創建よりやや下った寛永期のものである。明治維新まで岡山、鳥取両池田家の菩掟所として外護(げご)を受けていた。方丈内には狩野山楽(かのうさんらく)・山雪(さんせつ)筆の著名な障壁(しょうへき)画(重文)があり、また藤原宣房(ふじわらのぶふさ)筆の「法華経陀羅尼(ほけきょうだらに)重文」が擁されている。(妙心寺ホームページより)

写真は妙心寺 南総門です。妙心寺は非常に広く、又、その中に塔頭が数多くあり、今回はその中の衡梅院、大法院、天球院が「京都人の密かな愉しみ」のロケ地となっています。妙心寺ではもう一つロケ地になった塔頭 東林院(とうりんいん)があるのですが、別途掲載する予定です。

<妙心寺(みょうしんじ)>
 京都市右京区花園にある臨済宗妙心寺派大本山の寺院。山号を正法山と称する。本尊は釈迦如来。開基(創立者)は花園天皇。開山(初代住職)は関山慧玄(無相大師)。寺紋は花園紋(妙心寺八つ藤)。日本にある臨済宗寺院約6,000か寺のうち、約3,500か寺を妙心寺派で占める。近世に再建された三門、仏殿、法堂(はっとう)などの中心伽藍の周囲には多くの塔頭が建ち並び、一大寺院群を形成している。平安京範囲内で北西の12町を占め自然も多いため、京都市民からは西の御所と呼ばれ親しまれている。(ウイキペディア参照)

 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「御霊神社 楼門(西門)」
<其の十 夏編 わけありな夏編 御霊神社>
 「京都人の密かな愉しみ」 夏編から掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。

 今回は其の十
 ドラマでは団時朗が演じるエドワード・ヒースローが御霊神社の夏越の大祓式/茅の輪くぐり(ちのわ)(6月30日)にやってきます。茅の輪くぐりは”茅の輪をくぐって半年分の罪や汚れを払い残り半年分の無病息災を祈願する”のですが、この作法が難しいのです。ヒースローはこの作法をなんとかやり遂げます。又、常盤貴子演じる沢藤三八子が福寿稲荷神社(御霊神社境内にある)で雲水と人目を忍んで密会する場面があるのですが別途掲載します。

<御霊神社(ごりょうじんじゃ)(上御霊神社)>
 京都市上京区にある神社である。旧社格は府社。上御霊神社という社名は下御霊神社に対応するもので、現在は宗教法人としての正式名を「御靈神社」としている。桓武天皇の時代、各地で疫病が流行した。これは御霊の祟りであるとして、貞観5年(863)5月20日、平安京の神泉苑で御霊会が催された。この時に慰霊された御霊は崇道天皇・伊予親王・藤原夫人・観察使(藤原仲成)・橘逸勢・文屋宮田麿らであった。この御霊会が当社および下御霊神社の創祀であるとしている。現在の下御霊神社を下出雲寺御霊堂、当社は上出雲寺御霊堂と称した。朝廷の篤い崇敬を受け、至徳元年には正一位の神階を授けられた。室町時代の文正2年(1467)1月18日、失脚した管領の畠山政長と畠山義就との私闘が当社境内の森で行われた(御霊合戦)。この戦いは応仁の乱の前哨戦となり、応仁の乱発祥の地とされる。(ウイキペディア参照)

写真は御霊神社(ごりょうじんじゃ)(上御霊神社)の鳥居と楼門(西門)です。地下鉄 鞍馬口駅から200m位の交通の便の良いところにあります。

 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「千代豆腐」
<其の十一 千代豆腐(ちしろ)、あじき路地>
 「京都人の密かな愉しみ」 冬編、秋編から掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。

 今回は其の十一
 <冬編 京都人の本音編 千代豆腐>
 ドラマでは森永悠希演じる洛志社大学文学部三回生 繁野順が、芦屋小雁演じる六条商店街の豆腐屋の祖父 繁野元茂のところを訪ねると、京都を取材しているテレビ番組関係者が取材を申し込んでいました。「考えときましょ」と返答すると、テレビ番組関係者は喜んで帰っていきます。本当は断っているのです。そうしているうちに、グルメ情報好きな観光客が訪ねてきて絹漉し豆腐十丁を注文しますが、体よく断ります。馴染みのお客さん用だからです。一見さんのお客さんにはモノを売らないということです。

<秋編 作法編 あじき路地>
 ドラマでは”門掃き 水うち”の場面で使われています。この細い路地にみんなが出て門掃きをしている場面です。あじき路地ともう一ヶ所使われているのですが場所が分かりません。

写真は京都市東山区西御門町にある千代豆腐(ちしろとうふ)屋さんです。ドラマで使われた豆腐屋さんです。芦屋小雁の演じる豆腐屋の親父がピッタリはまって面白かったです。

 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「本法寺」
<其の十二 百々町界隈(どどちょう)、本法寺>
 「京都人の密かな愉しみ」 秋編、秋から冬の味覚編、桜散る編、甘くて苦い春の味編」から掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。

 今回は其の十二
 <秋編、秋から冬の味覚編 百々町界隈>
 ドラマで小川町通が登場するのは秋編、秋から冬の味覚編で、団時朗が演じるエドワード・ヒースローが小川町通を下って「茶ろん たわらや(ドラマでは久楽屋春信の支店)」に入って常盤貴子演じる沢藤三八子に出会うところに使われています。

<桜散る編、甘くて苦い春の味編 本法寺>
 ドラマでは常盤貴子演じる沢藤三八子が思いを寄せていた石丸幹二演じる菓子職人の三上と分かれる場面と、再開する場面に使われています。両場面とも境内の桜が満開で、その桜の木の下で撮影されていました。残念ながら季節があいませんでしたが、再度、桜の季節に撮影する予定ですのでご期待ください。

写真は上京区小川通寺ノ内上ル本法寺前町617番地にある本法寺です。直ぐ傍に表千家、裏千家があり、桜の咲く季節だともっと良かったのですが、それでも趣のあるお寺でした。

 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「青蓮院門跡」
<其の十三 秋編 作法篇 粟田口 青蓮院門跡>
 「京都人の密かな愉しみ」 秋編、作法篇 から粟田口 青蓮院門跡を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。

<ドラマでは>
・団時朗が演じるエドワード・ヒースローが華頂殿で門主に会う場面に使われています。縁側の硝子戸と障子は全て取り外されて撮影されていました。
・団時朗が演じるエドワード・ヒースローが入口の門から出てきて、観光客に拝観時間を聞かれて「9時からです」と答えています。

写真は粟田口 青蓮院門跡拝観者入口です。左側の紅葉が素晴らしく紅葉していました。平日にもかかわらず人が多くて撮影に苦労しました。

<青蓮院(しょうれんいん)>
 京都市東山区粟田口(あわたぐち)三条坊町にある天台宗の寺院。青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)とも称します。山号はなし。開基(創立者)は伝教大師最澄、本尊は熾盛光如来(しじょうこうにょらい)です。現在の門主(住職)は、旧伯爵東伏見家出身の東伏見慈晃。梶井、妙法院などとともに、青蓮院も比叡山上にあった房(坊)と呼ばれる小寺院がその起源となっています。青蓮院は比叡山東塔の南谷にあった青蓮坊がその起源であり、門跡寺院となって山下に移ったのは平安時代末期の行玄大僧正の時です。久安6年(1150年)に鳥羽上皇の皇后美福門院は青蓮院を祈願所とした頃から寺格が上がり始め、鳥羽上皇の第七皇子覚快法親王が行玄の弟子として入寺してより後は、皇家や摂家の子弟が門主を務める格式高い寺院となりました。山下へ移転した当初は現在地のやや北西にあたる三条白川の地にあったが、河川の氾濫を避けて鎌倉時代に高台の現在地へ移ります。ここにはもと十楽院という寺があり、青蓮院の南東にある花園天皇陵は「十楽院上陵」(じゅうらくいんのうえのみささぎ)と呼ばれています。(ウイキペディア参照)

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「興聖寺(宇治市)」
<其の十四 冬編 私は京都が嫌い編、夏編 わけありな夏編、桜散る編 福寿園、興聖寺を訪ねる>
 「京都人の密かな愉しみ」 冬編 私は京都が嫌い編、夏編 わけありな夏編、桜散る編 から宇治茶工房(福寿園)、興聖寺(宇治市)を掲載します。ドラマでの順番は無視して掲載していますのでご容赦下さい。

<ドラマでは>
・常盤貴子演じる沢藤三八子の父親が祇園の芸妓との間に儲けていた隠し子(深水元基演じる清哲)が興聖寺で出家して、托鉢の帰りに橋を渡るシーンに使われたのが宇治川に架かる朝霧橋です。
・銀粉蝶演じる沢藤鶴子(母親役)が宇治茶工房(福寿園)を出てくるところが撮影されています。この後、興聖寺で亡くなった夫によく似た托鉢僧に出会います。

写真は興聖寺(宇治市)です。興聖寺の本堂に通じる参道は、紅葉と桜で宇治では有名な寺院です。総門より本堂に通じるまでの200m程の緩やかな勾配参道は、「琴坂」と呼ばれています。

<興聖寺(こうしょうじ)>
 京都府宇治市にある曹洞宗の寺院。日本曹洞宗最初の寺院です。道元が興聖宝林寺を建立したことにはじまります。断絶のあと、慶安元年(1648年)永井尚政によって再興されています。山号は仏徳山(ぶっとくさん)。本尊は釈迦三尊。参道は「琴坂」と称し、宇治十二景の1つに数えられています。もう一つ有名なのは、関ヶ原の戦いの直前の伏見城の戦いで徳川家康の家臣鳥居元忠らが落城するときに自刃した廊下の血痕の残る床板が供養のために京都などの寺の天井に貼られたといわれていますが、その一つが興聖寺の血天井です。(ウイキペディア参照)

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「興聖寺(宇治市)」
<其の十五 芸妓一筋の花街 宮川町を歩く>
 今回は「京都人の密かな愉しみ 秋編、月と京都人編」で使われていた宮川町通を歩いてみました。ドラマでは黒谷友香さん演じる宮川町の芸妓・葉月が後輩の舞妓と一緒に月を見ながら歩く場面です。又、同じ所が「京都人の密かな愉しみ Blue 修業中/送る夏」でも使われていました。此方は高岡早紀さん演じる宮川町出身の料亭の女将・萩坂唯子が後輩の芸妓達に出会う場面に使われていました。どちらも、花街 宮川町の雰囲気が良くでていました。

写真は京都市左京区宮川筋5丁目の宮川町通から北を撮影したものです。この附近は宮川町のお茶屋さんと置屋さんが並んでいます。私にはお茶屋さんと置屋さんの区別がつきませんが、芸妓さんや舞妓さんがいるのが置屋さんで、お客さんに食事の接待をしたり藝を見せたりするのがお茶屋さんだとおもっております。この宮川町通も電柱が無くなるともっと良くなるとおもいます。

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「興聖寺(宇治市)」
<其の十六 北山のメゾン ド クレーム(むしやしない)を訪ねる>
 今回は「京都人の密かな愉しみ 冬編、鴨川 冬の岸辺編」で使われていた洛北 北山のメゾン ド クレーム(むしやしない)を訪ねます。メゾン ド クレームの場所がなかなか分からなかったのですが、道を挟んで右隣の建物に”BAREFOOT”と書かれていたので、ググって場所が分かりました。叡山電鉄 一乗寺駅から190m程で、近いところにありました。ドラマでは戸田菜穂さん演じる小久保(篠田)早苗が東京で離婚して京都の実家に戻ってくるところから始まります。学生時代の回想で福田麻由子さん演じる女子大生の早苗ちゃんと吉倉あおいさん演じる女子大生のえっちゃんが、池田政典さん演じるオーナーパティシエ 池上岳が経営する北山のメゾン ド クレーム(むしやしない)にバイトの面接に来ます。この場面に使われているのがケーキ屋さんの「むしやしない(京言葉で一時的に空腹を紛らすこと)」さんです。中に喫茶コーナーもあって人気のお店のようです。ケーキも上品で美味かったです。

写真はドラマで「メゾン ド クレーム」として使われた京都市左京区一乗寺里ノ西町78番地のケーキ屋「むしやしない(京言葉で一時的に空腹を紛らすこと)」です。

 今回はテスト的に動画にしました。写真をクリックすると、YouTubeにリンクしてありますので、動画をお楽しみください。

「興聖寺(宇治市)」
<其の十八 烏丸今出川から同志社、相国寺塔頭 瑞春院を訪ねる>
 今回は「京都人の密かな愉しみ」の各編で度々登場する「洛志社大学(同志社)」と、秋編、代替わり編で登場する相国寺塔頭 瑞春院を訪ねてみました。YouTubeとしては少し長くなっています。ドラマでは団時朗さん演じる洛志社大学文化人類学者エドワード・ヒースローとシャーロット ケイト フォックスさん演じる洛志社大教授エミリー・コッツフィールドが登場します。洛志社大教授エミリー・コッツフィールドでは同社社での授業風景が撮影されていたり、代替わり編では学食の風景も撮影されていました。

写真は相国寺塔頭 瑞春院です。代替わり編で門の中とふすま絵が撮影されていました。この瑞春院が有名なのは水上勉が書いた「雁の寺」からです。水上勉が昭和5年に小僧に出された先が相国寺塔頭 瑞春院でした。「ここは私が出家した寺である。若狭から十歳の時に入寺して、当時の住職山盛松庵和尚の弟子になり、ここで得度式をあげてもらい、名も集英となった。……思い出のつきない寺である。いろいろ小説や、随筆にも書いたので、私にとって、文学的にもここは根っこのようなものをもらった寺というしかない。…」と書いています。

 バックグラウンドミュージックが著作権侵害に当たると、ある会社から申告がありました。AppleのGarage Band Musicのループ素材で作成したもので、流用はしていないのですが面倒くさいので削除して、曲を替えて再アップロードし直しました。マシンで単純に比較して似た曲は自動的に著作権侵害で申告しているのだとおもいます。酷いものです。

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「茶道美術 居原田」
<其の十七 古美術 雨月を探す(茶道美術 居原田)>
 今回は「京都人の密かな愉しみ」の秋編、月待ち編で登場する”古美術 雨月”を探してみました。ドラマでは本上まなみさん演じる鵠沼待子と丸山智己さん演じる鵠沼幸一郎が夫婦で経営している”古美術 雨月”が登場します。このロケ地がなかなか分からなかったのですが、回りの風景で判明しました。京都で古美術商が数多くある古門前通(ふるもんぜん)でした。この通りの名前も変っています。そのまま読めば良いのですが、”こもんまえ”と読んでしまいます。この通を東に進むと、知恩院の古門(ふるもん)に当たります。名前の所以です。

写真はドラマのロケ地となった”古美術 雨月”です。実際は「茶道美術 居原田」さんが使われていました。この前で、本上まなみさん演じる鵠沼待子がお店の暖簾を取って空を見上げるシーンが印象的でした。良かったです!

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「前編」
<其の十九 将軍塚、青龍殿、大舞台を訪ねる(前編)>
 今回は「京都人の密かな愉しみ」の各編と「京都人の密かな愉しみ Blue 修業中/送る夏」のつかみ部分で度々登場しています将軍塚、青龍殿、大舞台を訪ねてみました。一回では長くなるので、前編、後編の二回に分けています。まづ前編で、八坂神社南楼門前から東に歩いて、東山山頂公園を目指します。徒歩で30分位ですが、急斜面もあり、一寸した登山です。将軍塚、青龍殿、大舞台は東山山頂公園から北に100m位のところにあり、途中の道標も東山山頂公園となっていますので、目標として東山山頂公園としました。

 交通の便はバスがあるのですが、土曜日、日曜日、休日しか走っていませんので、タクシー(四条河原町から蹴上経由で1600円程度)か登山かになります。登山道はいつかあり、今回は八坂神社南楼門から東に丸山公園を通って知恩院の大鐘楼経由での登山ルートにしました。約30分(ゆっくり歩くと40分)の登山です。

写真は青蓮院門跡のsソ門です。ここは青蓮院の飛地となっています。八坂神社南楼門からここまでで前編です。

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「後編」
<其の廿 将軍塚、青龍殿、大舞台を訪ねる(後編)>
 今回は「京都人の密かな愉しみ」の各編と「京都人の密かな愉しみ Blue 修業中/送る夏」のつかみ部分で度々登場しています将軍塚、青龍殿、大舞台を訪ねてみました。一回では長くなるので、前編、後編の二回に分けています。今回は後編で、青蓮院門跡のsソ門から大日堂、青龍殿、将軍塚、大舞台と順次訪ねていきます。

写真は大舞台からの京都市内の眺めです。大文字山からの眺めも良かったですが、舞台がある分見やすくて良いです。拝観料は500円ですが、これだけの眺めであれば損はないです。来てみて良かったです。

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「後編」
<其の廿一 今宮神社 お玉の井、一文字屋和輔 井 あぶり餅を訪ねる>
 BGMを変更して再アップロードしました。(2018年3月19日)
 今回は「京都人の密かな愉しみ」の夏編、夏の味覚編で登場しています今宮神社 お玉の井、一文字屋和輔 井 あぶり餅を訪ねてみました。京都の中心部からは少し離れていて、訪ねるには車かバスでないとたどり着けません。今回、私は市バスの長距離路線の46番に乗りました。四条烏丸から二条駅、千本通から今宮通に入って、今宮神社前で下車すると目の前が今宮神社です。本来からすると、北大路通の今宮門前から大鳥井をくぐって来るのが正しい来宮だとおもうのですが、長距離バスに乗って見たかったからです(30分以上乗車)。

写真は”一文字屋和輔(一和)”さんのあぶり餅です。焼きたてで、日本茶とマッチしてとても美味しく頂きました。向い側には”本家 根元かざりや”さんもありますので、お好きな方に入られたらとおもいます。

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「車折神社」
<其の廿二 嵯峨朝日町 車折神社を訪ねる>
 今回は「京都人の密かな愉しみ」の秋編 月と菊とごちそう編で登場しています嵯峨朝日町 車折神社を訪ねました。京福電気鉄道嵐山本線で嵐山から大宮に向かって三つ目の駅、車折神社で下車します。私は全く初めての訪問でした。駅を降りると目の前は車折神社の裏参道ですので、グルッと回って表参道まで出てから車折神社を訪ねました。表参道は三条通からですが、この辺りに来ると三条通も寂しくなっています。車折神社で驚いたのは境内社の芸能神社(げいのうじんじゃ)です。天宇受売命を祀っており、芸能・芸術の分野で活動する人々より崇敬を受けているということで、玉垣に有名芸能人の名前がびっしり書かれていました。玉垣の奉納料は一万円、掲載期間は二年間、今は二ヶ月待ちだとホームページに書かれていました。

<車折神社(くるまざきじんじゃ)>
旧社格は村社で、現在は単立神社(神社本庁等に属さない)。祭神は清原頼業(きよはらのよりなり)で、頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者です。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評されていました。頼業が文治5年(1189)に亡くなると、清原家の領地であった現在の鎮座地に廟が設けらます。後に頼業の法名にちなんだ「宝寿院」という寺が建立され、後に天龍寺の末寺となっています。社名の「車折」については、ある人が牛車に乗ったまま社前を通った所、突然車が裂けてしまったためとも、後嵯峨天皇の大堰川遊幸の際、社前で突然車が前に進まなくなったので、不思議に思って社の者に問うた所、頼業公を祀ると答えがあったので、還御の後に「車折大明神」の神号と正一位の神階を贈ったためともいいます。(ウイキペディア参照)

写真は車折神社の本殿です。「京都人の密かな愉しみ」で車折神社が放映されたのは重陽祭です(芸能神社とは関係ありません)。重陽(ちょうよう)は、五節句の一つで、9月9日のことで、旧暦では菊が咲く季節であることから菊の節句とも呼ばれています。陰陽思想では奇数は陽の数であり、陽数の極である9が重なる日であることから「重陽」と呼ばれています。陽の重なりを吉祥とする考えになってから祝い事となったものです。

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