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最終更新日:2006年2月22日


●《村上春樹の世界》芦屋を歩く

  初版02/04/20
  二版04/07/19 「猿の檻のある公園」の写真を追加 
<V01L01>

 今回は村上春樹が中学生時代を過ごした兵庫県芦屋市の阪神芦屋駅から打出駅の間を歩いてみたいと思います。

【阪神間の地図】←クリックすると地図がでます。

<芦屋川>
 芦屋について村上春樹は「村上朝日堂の逆襲」で書いています。「僕が生まれた場所は一応京都だけどすぐに兵庫県西宮市夙川というところに移り、それから同じ兵庫県芦屋市に移っている。だからどこの出身かというのは明確ではないのだが、十代を芦屋で送り、両親の家もここにあるのでいちおう芦屋市出身ということになっている。……もっとも「芦屋」とはいっても僕が育ったのは今話題沸騰のお嬢様ブーム風の芦屋ではなくて、「ごくフツーの人地区」 の芦屋だから、どうも素直に「出身は芦屋です」と言えない部分がある。なんとなく恥ずかしいような気がする。僕の家のあたりなんて誘拐されそうになって大声を出したらどっと人が ― とは言わないまでも、四、五人くらいは人が出てきそうなごくあたり前の住宅街である。」村上春樹が中学、高校と過ごしたところは芦屋といっても阪神電車の近くの下町の方です。芦屋市は山手から阪急神戸線、JR東海道線、阪神本線と3本の電車が走っており、JRから山手が高級住宅街の雰囲気、超高級は阪急から上手になります。阪神電鉄から海寄りは下町の雰囲気になっています。また芦屋川は天井川で、JR東海道線(神戸までは東海道線なのだ)は芦屋川の下を走っています。芦屋川については「…高校時代、よく芦屋川のあたりを女の子とデートしたものです。闇にまぎれてけっこうエッチなこともしました・・・というようなことを著者が言っていてはいけないですね。…」 ……?。

左上の写真は芦屋川です。芦屋の象徴的な雰囲気のある川で、桜の季節だったので川縁を多くの人が歩いていました。遠くの橋の上に見えるのが阪急芦屋川駅です。

和  暦

西暦

年    表

年齢

村上春樹の芦屋を歩く

昭和36年
1961
ハバナ宣言
ベルリンの壁
12
4月 精道中学校入学
芦屋市打出西蔵町に転居
昭和39年
1964
トンキン湾事件
東海道新幹線開業
東京オリンピック
15
4月 兵庫県立神戸高校入学

阪神芦屋駅>
 村上春樹は「辺境・近境」ではほとんど芦屋について書いていません。「小さな川を越えて芦屋市に入る。かつて通っていた中学校の前を通り過ぎ、かつて住んでいた家の前を通り、阪神芦屋駅まで歩く。駅のポスターを見ると、日曜日(今日だ)の二時から甲子園球場で「阪神・ヤクルト」のデーゲームがおこなわれるとある。それを見ていると急に甲子園球場に行きたくなってきた。」とあり、この日は結局、阪神芦屋駅からそのまま甲子園球場に行ってしまいます。翌日は阪急芦屋川駅から歩いているのでなにも書かれていません。芦屋について書いているのを探してみると「夢のサーフシティー」と「スルメジャコフ対織田信長家臣団」のなかにでてきます。「1.在原業平 2.谷崎潤一郎 3.村上春樹というのはすごい組み合わせですね。たしかに三人とも芦屋市に住んでいたんだ。あとのお二人がお墓の中で身もだえしていなければいいんですが。」 とか 「僕がいたころの芦屋には、店なんてものはほとんどなかったような気がします。やっとあったのが、「アンリ・シャルパンティエ」くらいですね(まだありますが)。」とかで、「アンリ・シャルパンティエ」については回答の形で再度書いています。「本店は兵庫県芦屋市にありまして、昔は(というと30年くらい前です)ベイクト・アラスカなんてここでしか食べられませんでした。よくデートした女の子とここに行ったなというささやかな個人的思い出があります。ほんとうにささやかなんですが。地震のあとで行ってみたらまだちゃんとやっていて嬉しかった。その近くにある書店、芦屋宝盛館で僕はいつも本を買っていました。昔はあそこくらいしかちゃんとした書店はなかったんですよね。今では駅前にいろいろとビルなんかもできたみたいだけど、昔は芦屋というとほんとにのんびりした、なんにもないふつうの住宅地だったんです。今久しぶりに帰ってみると、何がなんだかまったく地理がわからないくらいです。もちろん地震でいろんなものががらっと変わっちゃったということもあるのだけれど。」と書いています。谷崎潤一郎の芦屋については別に特集していていますのでそちらを見てください。「アンリ・シャルパンティエ」は阪神芦屋駅の近くに本店があります。村上春樹が食べた「ベイクト・アラスカ」はもうありませんでした。お店の方に聞きましたら作る手間がかかるので10年前に止めてしまったそうです。どんなお菓子かというと、アイスクリームにメレンゲの焼いたもので覆った上からブランデーをかけて火をつけて出していたそうです。ブランデーの加減が難しかったそうです(私も食べるチャンスがあったのに残念です!)。東京でも大手の百貨店に出店していますのでお菓子を食べられます。お店の場所はホームページを参照して探してください。

左上の写真が阪神芦屋駅です。駅のホームは芦屋川の上にあってなかなか眺めの良いプラットポームです。上記に書かれている芦屋宝盛館は写真の右側(写っていない)辺りです。


精道中学校>
 村上春樹は「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」のなかで自身が通ったこの中学校のことを書いています。「中学校のときには先生によく殴られた。小学校のときに先生に殴られた記憶はないし、高校のときに殴られた覚えもない。でもどういうわけか、中学校のときにはしょつちゅう殴られていた。……僕の通っていたのは兵庫県芦屋市にある普通の公立中学校で、決して荒っぼい環境ではなかった。……。今でも思いだすとやはり不快だし、頭にくる。……考えてみれば、そこで教師たちに日常的に殴られたことによって、僕の人生はけっこう大きく変化させられてしまったような気がする。僕はそれ以来、教師や学校に対して親しみよりはむしろ、恐怖や嫌悪感の方を強く抱くようになった。」とあります。村上春樹は学校の名前を書いていませんので、ここで私が書いてしまうとまずいような気がするのですが、村上春樹が通った中学校としては有名と思いますので書かせてもらいました。私の感覚としても中学で殴られたような思い出があります(村上春樹と同じく小学校と高校では殴られなった)。中学校ってなんなんでしょうか。

右上の写真が現在の精道中学校です。住宅街のなかにある、ごく普通の公立の中学校でした。

西蔵町の住居跡>
 精道中学校に入学したころに夙川の東側から芦屋市西蔵町に転居しています。つまり村上春樹が中学から高校までここから通います。地震の前まではご両親がここに住まわれていたようですが、地震後は京都に転居されています。「辺境・近境」では「実家はずっと芦屋市にあったが、九五年一月の阪神大震災でほとんど居住不可能になって、両親はそのあとすぐ京都に越した。」と書かれています。夙川の東側の住いと同じく、井上義夫の「村上春樹と日本の記憶」ではこの住いの住所を記載しています(旧住居表示ですが)。西蔵町住いのヒントはこの本しかありませんでした。芦屋市への転居は、恐らく同市市立精道中学校への入学と時期を同じくしてゐる。芦屋市打出西蔵町〇〇の新居は、当時の海岸線まで直線距離にして二百米余りで、宮川の東百米の位置にあつた。(但しいづれの家屋も現存せず、現在の番地表示も往時とは違つてゐる。)」とあります。また大学時代に帰京すると「学生時代の村上春樹は、「東京から帰省すると、コートも脱がずにピアノを弾いて」ゐたと近親者は回想する」(TOUCH1988年11月8日号)」ともあります。

左上の写真の右側付近が西蔵町時代の住いの辺りです。新住所もわかりましたが、住所は伏せさせて頂きます。

打出図書館>
 この古風な建築物は松山与兵衛氏の住宅で明治時代後期の逸見銀行の建物を昭和5年(1930年)に大阪から移築されたようです。村上春樹はこの図書館について「スルメジャコフ対織田信長家臣団」で書いています。「こんにちは。アメリカの図書館って、昔からの古い建物を使っているものが多いので、かなり迫力のあるものが多いように思います。「セブン」の図書館、当たり前の世界です。僕が好きな図書館のシーンは、映画『ティファニーで朝食を』で、オードリー・ヘップバーンとジョージ・ペパードがNY市立図書館に行くところです。NY市立図書館は一日いても飽きません。いちばん個人的に好きだったのは、昔の芦屋市立図書館です。」。昔の芦屋図書館がこの打出の図書館です。なかなか洒落た建物で村上春樹は好きでよく通っていたようですね。NY私立図書館にも行ってみたいと思います。何時になるかわかりませんが写真を撮っ てきますね!
 
右の写真が芦屋市立図書館打出分室です。伊勢町に現在の図書館が新築オープンするまで、ここが芦屋市立図書館でした。

猿の檻のある公園> 04/07/19追加
 この「猿の檻のある公園」は「風の歌を聴け」のなかで、二度ほど登場します。「…とにかく僕たちは泥酔して、おまけに速度計の針は80キロを指していた。そんなわけで、僕たちが景気よく公園の垣根を突き破り、つつじの植込みを踏み倒し、石柱に思い切り車をぶっつけた上に怪我ひとつ無かったというのは、まさに僥倖というより他なかった。 僕がショックから醒め、壊れたドアを蹴とばして外に出ると、フィアットのボンネット・カバーは10メートルばかり先の猿の檻の前にまで吹き飛び、車の鼻先はちょうど石柱の形にへこんで、突然眠りから叩き起こされた猿たちはひどく腹を立てていた。…」。で車でぶつけてしまっています。二回目に登場する場面は有名です。「…僕は街の中をゆっくりと車で回ってみた。海から山に向かって伸びた惨めなほど細長い街だ。川とテニス・コート、ゴルフ・コース、ずらりと並んだ広い屋敷、壁そして壁、幾つかの小椅麗なレストラン、ブティック、古い図書館、月見草の繁った野原、猿の檻のある公園、街はいつも同じだった。…」、と登場しています。古い図書館とは上記の打出図書館のことです。また、”海から山に向かって伸びた惨めなほど細長い街だ。川とテニス・コート”までは分かるのですが、”ゴルフ・コース”は分かりませんね。町の中にゴルフ・コースはありませんね!
 
左の写真が公園の猿の檻です。残念ながらお猿のジローは平成15年2月に亡くなっています。今は檻だけがあります。この公園は打出図書館の海側にあります。少年カフカの中にも登場しています。「こんにちは。甲村図書館はあくまで甲村図書館であり、モデルはありません。あくまで僕の頭の中で作り上げられたものです。しかし芦屋打出図書館が存亡の危機にあるんですね。それは残念なことです。僕も昔よく利用しました。前の公園に猿の檻があって、そのことはたしか『風の歌を聴け』という小説にちょっと書きました。もう猿はいないと思うけど、図書館は存続してほしいものです。反対運動、出て当然でしょうね。」、猿がいないことをよく知っていますね。

次回は阪急芦屋川駅から神戸までを歩いてみたいと思います。


兵庫県芦屋市付近地図


【お店の住所】
・アンリ・シャルパンティエ:兵庫県芦屋市公光町7-10-101 電話0797-31-2753 ホームページ

【参考文献】
・風の歌を聴け:村上春樹、講談社文庫
・1973年のピンボール:村上春樹、講談社文庫
・羊をめぐる冒険(上、下):村上春樹、講談社文庫
・世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(上、下):村上春樹、新潮文庫
・ダンス・ダンス・ダンス:村上春樹、講談社文庫
・ノルウェイの森(上、下):村上春樹、講談社文庫
・さらば国分寺書店のオババ:椎名誠、新潮文庫
・村上朝日堂:村上春樹、新潮文庫
・村上朝日堂の逆襲:村上春樹、新潮文庫
・村上朝日堂はいかにして鍛えられたか:村上春樹、新潮文庫
・村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた:村上春樹、新潮文庫
・村上朝日堂 はいほー!:村上春樹、新潮文庫
・辺境・近境:村上春樹、新潮文庫
・夢のサーフシティー(CD−ROM版):村上春樹、朝日新聞
・スメルジャコフ対織田信長家臣団(CD−ROM版):村上春樹、朝日新聞
・村上春樹スタディーズ(01−05):栗坪良樹、拓植光彦、若草書房
・イエローページ 村上春樹:加藤典洋、荒地出版
・イアン・ブマルの日本探訪:イアン・ブルマ(石井信平訳)、TBSブリタニカ
・村上春樹の世界(東京偏1968−1997):ゼスト
・村上春樹を歩く:浦澄彬、彩流社
・村上春樹と日本の「記憶」:井上義夫、新潮社
・象が平原に還った日:久居つばき、新潮社
・ねじまき鳥の探し方:久居つばき、太田出版
・ノンフィクションと華麗な虚偽:久居つばき、マガジンハウス
・ユリイカ 総特集 村上春樹を読む:青土社
 

 
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