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最終更新日:2018年06月07日

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●谷崎潤一郎の食を歩く(京都偏) 初版2002年2月16日 <V02L03>

 谷崎潤一郎の食についてはいろいろな本に書かれていますが、今日は孫の渡辺たをりが書いた「花は桜、魚は鯛」に沿って京都を歩いてみたいと思います。食について松子夫人の「倚松庵の夢」では「寝言と云えば叉実に見事明快なもので、寝言の部類にはいるかと疑わしいが、阪神間の住吉川の畔に住居を持っていた時のこと、家族連れで神戸のお寿しやさんに行った。例の食べる時のわけても威勢のいゝ弾んだ声で皆の分まで註文、満腹して帰った夜の寝言に、鯛、あなご、いか、かっばと次々註文の末、最後にいくら、三円七十銭、ハイ、と其の日のお寿しやのことを寸分誤りなく復誦したのには唖然とした。長い寝言を云う人はきいたが、こゝまで語尾もはっきりと順序正しく眠っていて云えるものか、頭の構造が少し違うのかしら、と家の者たちといぶかしく思ったのであった。 」とあります。谷崎潤一郎の食についての物凄い執念が寝言にまで出ていますね、執念ではもう一つ話があります。「谷崎が四十七歳のとき寄宿した俳優の上山草人は、「御大は江戸前の食道楽でかつ健啖家であった」とし、鍋料理を二人でつついたときの話として「鍋のなかの見事な切れには相手に食わせまいとつばきをかけるのだが、両人はそんなことには辟易せず先を争って頬ばった」……」とあります(嵐山光三郎の「文人悪食」より)。何と言ったらいいのかわかりませんが、やはり食に対する執念ですね。

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祇園「一力茶屋」>
 渡辺たをりの「花は桜、魚は鯛」ではまずお菓子の話から始まっているのですが、京都ですからやはり祇園のお茶屋さんから入りたいと思います。「都をどりの行われる祇園甲部歌舞練場は、いわゆる「祇園」という地域の最も華やかなところでもあります。……家並みも古くからの建物が残っていて一種独特の雰囲気を作り出しています。……たくさんあるお茶屋の中で、最も有名で、すぐにわかるのは、歌舞練場のほうから四条通りに出る右角、赤い壁の「一力」です。四十七士の大石蔵之助がいつづけをした、あの「一力茶屋」です。昔の「一力」と場所は違いますが、いまでも一流中の一流で、三月二十日には「大石忌」として、蔵之助をしのぶ催しが開かれ、四十七士の冥福を祈ることになっています。」とあり、建物も四条通と花見小路の角の一等地あり、大きくて立派です。花見小路は石畳で、周りの建物は昔のままの木造で、観光客にはなかなか趣があるようにみえます。花見小路をもう少し歩くと左側に「祇園甲部歌舞練場」があり、その先が建仁寺です。「一力茶屋」が有名になったのは「仮名手本忠臣蔵」七段目で大石内蔵助がよく遊んだ「祇園一力茶屋の場」として出てくるからです。また祇園の料亭と谷崎潤一郎の関係は「…祇園の料亭「鳥居本」のおかみは、「うちは出前はどこにもせえへんのどすけど、先生が『一力』にいるからどうしても頼む言わはりまして−」と「出前はしない」という鉄則をまげて、祖父のために「一力」まで出前をしたことがある、と教えてくれました。…ここの料理は独特で「祇園料理」と名が付いています。長崎から伝わった卓袱料理に京料理や普茶料理がまざったものということです。引き出しの付いた黒い塗りのお膳が銘々に運ばれて、この引き出しの中に黒塗りのお皿や小鉢が入っています。この食器に、次々に出てくるお料理をとり分けて食べるという趣向です。」とあります。やはり有名人は得ですね、無理が利きます。残念ながら私は「鳥居本」「一力茶屋」ともまだ入ったことがありません。

左の写真が「一力茶屋」です。現在の住所は京都市東山区四条花見小路四条下ルです、京都の住所表示は慣れないと全くわかりませんね、道路の名前が分からないとまずだめで、その上で例えば”今出川上ル”といわれても、なかなか土地勘が働きません。「鳥居本」「祇園甲部歌舞練場」の手前を左に曲がった、本当に昔からの京都の街並みといった感じの細い露地の右側にあります。


tanizaki-kyoto62w.jpg「いづう」の鯖寿司>
  京都の土地柄だと思いますが、にぎりの寿司よりは棒寿司やちらし寿司の方が重宝されるようです。『「四条まで出かけるんだったら、『いづう』のお寿司を頼もうよ」祖父が京都にいると必ず、「いづう」のお寿司を食べる、と言い出す日があります。…「いづう」は、「一力」から四条通りを越えて、祇園切り通しを抜けたあたりにあります。「いづう」のお寿司は大阪でいうばってら、鯖寿司に代表される棒寿司です。……祖父が好きだったのは明石鯛の棒寿司とちらし寿司で、家に届けさせたり、南座の歌舞伎見物のお昼にと‥取りに寄ったりしていました。ちらし寿司はいまでは作らなくなりましたが、肉厚で脂ののった鮪寿司とさっばりした感じの明石鯛のお寿司は、昔と変わらず手に入ります。祖父の好きな明石鯛もおいしいものですが、「いづう」といえば「やっばり鯖寿司」という気が私などはします。お酢でしめた鯖をすし飯にのせ、昆布で巻いてしめたこの店の鮪寿司は独特で、鯖の嫌いな人にはとても食べられないでしょうが、肉厚で青光りした鯖がとてもおいしいのです。』実をいうと私も鯖寿司が大の好物です。食べだすと止まりませんね。なんと言っていいのか、鯖の触感と酢締めしたご飯がうまいぐわいにあいます。特に「いづう」のは絶品ですよ。一回ぜひとも食してください。

tanizaki-kyoto63w.jpg右の写真が「いづう」です。「一力」とは四条通を挟んだ反対側のちょっとした小道を入った所にあります。ただ暖簾が掛かっているだけのお店で、気がつかないと通りすぎてしまいます。左の写真がお持ち帰り用の鯖寿司一本です(4200円)結構大きくて食べるのが大変でした。お店のなかでも食べられますので、”京寿司の盛り合わせ”を食られるといいと思います。天明元年(1781)の創業といいますから二百余年の歴史を誇る凄いお店です。

tanizaki-kyoto60w.jpg京都「松屋常盤」>
 お茶屋、料亭、お寿司屋ときましたので、そろそろお菓子の話に入りたいと思います。「三時ごろになるとおやつの時間です。祖父はまた、書斎から出て居間にやってきます。……京都から「松屋」のみそ松風、「道喜」のちまきなどを誰かに届けさせていることもありました。……和菓子などなどを季節に応じて送らせていました。こうして書き並べるとデパートの物産展のようですが、昭和三十年代にこれだけのものを自宅にそろえていた労力と情熱はただごとではないと思います。」とあります。上記の”……”は京都以外の土地の名前とお菓子の名前が書いてあったのですが、この後、機会を見て特集しますので期待してください。「味噌松風」は和菓子なんでしょうが、今までに食べた事のない和菓子の味でした(味噌味でさっぱりしたカステラ風で、とても美味しかったです、箱入り800円です)。季節によってはくずまんじゅうがあるようです。「味噌松風」は予約制でしたが無理やり頼んで売ってもらいました(ありがとうございました)。

左の写真が「松屋常盤」です。御所の正面からすこし右に歩いた、境町御門の前を少し入ったところにあります。「味噌松風」は地方発送もできるそうで、電話で予約された方がいいと思います。

tanizaki-kyoto68w.jpg京都「川端道喜」>
 「空也の和菓子と道喜のちまき」とタイトルに出で来るぐらいに好きだったようです。「空也の和菓子」は東京なので別途紹介したいと思います。前段にもかきましたが、「道喜」は明智光秀も食べた「ちまき」で有名で、ここも事前に予約しておかないと手に入れる事ができません。前回は予約せずにいきましたら、手に入れる事ができませんでしたので、今回は二日前に電話で予約して訪ねました。お店の方は男性でしたが親切に説明して頂きました。お店自体は小さくて「ちまき」を中心に販売されています。種類は吉野葛の持ち味が生かされた「水仙粽」と、こし餡を練り込んだ「羊羹粽」の二種類があり、私は「水仙粽」を頼みました。葛なのですが結構甘かったです。ただ今までに経験のない風味でした。なんなんだろうという感じです。

左の写真が現在の「川端道喜」です。下鴨神社の横の道の下鴨本通と北山通の交差点の角にお店はあります。「ちまき」としては少々値段が高い(五本一束で3000円ですが、立派な袋に入れてくれます)のですが、とにかく歴史のある和菓子ですので、ぜひとも食べてみたかったお菓子の一つでした。「道喜」は永正年間(1504)の創業で、頂いた由来記にはA4二枚にビッシリ書いてありました。「道喜」は元々御所の横の烏丸にありましたが、戦後、一度西陣に移ってから現在の場所に変わっています。谷崎潤一郎が訪ねた頃は、烏丸の頃ではないかとおもいます。

tanizaki-kyoto57w.jpg京都「堺萬」>
 京都で暑い夏が近づくと祇園祭と鱧(はも)の季節になります。祇園祭のの音(甲高い音でコンチキチン)は耳に残りますね。これを聞くとあ〜夏になったと思います。谷崎潤一郎も鱧が大好物で「夏の暑い日、氷の上にバッと白く開いた鱧のおとしは視覚的にも涼しげで、ホッとします。……鱧をきれいに骨切りして適当な大きさに切り、さっと湯通ししたのを冷たい氷水で洗ったのが鱧のおとしです。『療病老人日記』の最初のほうに、これを梅肉で食べるくだりが出てきます。白い鱧と朱色をした梅肉、青いしその葉、氷……見た目にも、ちょっと谷崎好みのような気がします。鱧はほかに、たれをつけて焼くのも、塩焼きにするのもおいしいものです。……かたくり粉をつけてすまし汁に浮かすと、これが「ぼたん鱧」です。おつゆの中で骨切りされた鱧の身が開いて、ぼたんの花のようなのでこの名前があります。鱧雑炊もあれば鱧寿司もあります。……鱧づくしが売り物の「堺寓」は、料亭ではなく仕出し屋さんです。この店の料理を知る人に、ちょっとここで食べさせてほしい、と頼まれたのを、自宅の居間に上げて食べさせたのが始まりで、いまでは二階に二部屋だけ座敷を作って客を入れています。ここの鱧づくしは文字どおり、突き出しから最後の鱧雑炊まで、とにかく鱧一色。鱧の味を堪能できます。」とあります。鱧は淡路産が一番いいそうで六月から七月が旬ですが、今は韓国産の方が多いみたいです。
 
右の写真が「堺萬」です。このお店も間口が狭いですね。京都の街並みの特徴は家の間口が狭くて奥行きが長い(深い?)ことです。間口で税金を取られるので、自然に奥行きが長くなったしまったようです。「堺萬」の創業は文久年間(1861)で、古くから花柳章太郎さんとか文人墨客のご贔屓が多かったようで、京都で夏に鱧を食べないと、”京都に来るかいがない”と言われたものです。

「谷崎潤一郎の食を歩く(京都偏)」としてはまだ紹介していないお店がたくさんあります。順次紹介していきたいと思います。

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【関連住所】
・一力茶屋:京都市東山区花見小路四条下ル
・鳥居本:京都市東山区祇園町南側570-8 ??075-525-2810
・いづう:京都府京都市東山区八坂新地清本町367 ??075-561-0751
・松屋常盤:京都市中京区堺町通丸太町下る橘町 ??075-231-2884(要予約)
・道喜:京都市左京区下鴨南野々上町 ??075-781-8117(要予約)
・堺萬:京都市中京区二条通室町西入る大恩寺町482-2 075-222-1385

【参考文献】
・追憶の達人:嵐山光三郎、新潮社
・文人悪食:嵐山光三郎、新潮文庫
・細雪:谷崎潤一郎、新潮文庫(上、中、下)
・新潮日本文学アルバム 谷崎潤一郎:新潮社
・谷崎潤一郎「細雪」そして芦屋:芦屋市谷崎潤一郎記念館
・芦屋市谷崎潤一郎記念館パンフレット:芦屋市谷崎潤一郎記念館
・倚松庵パンフレット:神戸市都市計画局
・富田砕花断パンフレット:芦屋市谷崎潤一郎記念館
・谷崎潤一郎の阪神時代:市居義彬、曙文庫
・谷崎潤一郎--京都への愛着--:河野仁昭 京都新聞社
・伝記谷崎潤一郎:野村尚吾 六興出版
・谷崎潤一郎 風土と文学:野村尚吾 中央公論社
・神と玩具との間 昭和初期の谷崎潤一郎:秦慎平 六興出版
・倚松庵の夢:谷崎松子、中央公論社
・谷崎潤一郎全集(28巻):中央公論社(昭和41年版)
・わが道は京都岡崎から:深江浩、ナカニシヤ出版
・花は桜、魚は鯛:渡辺たをり、中公文庫
・谷崎潤一郎君のこと:津島寿一

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