<赤門>
今週は『森鴎外の「雁」を歩く』の最終回です。先週は池之端仲町通りから湯島天神を回って東京大学竜岡門(龍岡門)まで歩きました。今週は赤門から本郷通りを歩いて神田明神に立寄り、旧萬世橋を渡って柳原町から少し戻って御成道経由で鉄門前の下宿まで戻ります。今回は少し距離があります。約6Km弱ですので、ゆっくり歩くと一時間半くらいかなとおもいます。それにしても昔の人はよく歩いています。
森鴎外の「雁」からです。
「 或る時は大学の中を抜けて赤門に出る。鉄門は早く鎖されるので、患者の出入する長屋門から這入って抜けるのである。……
…この散歩の途中で、岡田が何をするかと云うと、ちょいちょい古本屋の店を覗いて歩く位のものであった。上野広小路と仲町との古本屋は、その頃のが今も二三軒残っている。お成道にも当時そのままの店がある。柳原のは全く廃絶してしまった。本郷通のは殆ど皆場所も持主も代っている。岡田が赤門から出て右へ曲ることのめったにないのは、一体森川町は町幅も狭く、窮屈な処であったからでもあるが、当時古本屋が西側に一軒しかなかったのも一つの理由であった。…」。
岡田の下宿は鉄門前ですが、鉄門が早く閉まるために長屋門から赤門に東大構内を抜けて本郷通りに出るようです。からたち寺から本郷三丁目に出れば同じだとおもうのですがどうでしょうか。特に本郷通りをお茶の水方向に向かう時は此方の方が早いとおもいます。
★写真は東京大学赤門です。旧加賀藩主前田家上屋敷の御守殿門。1827年に第12代藩主前田斉泰が第11代将軍徳川家斉の第21女、溶姫を迎える際に造られた。建築様式としては薬医門であり、切妻造となっている。左右に唐破風造の番所を置いている(国の重要文化財)。(ウィキペディア参照)。明治中期の東京大学赤門の写真がありましたので掲載しておきます。