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最終更新日: 2018年06月07日


●新宿中村屋 (本郷東大前から新宿まで) 2001年1月27日 <V04L02>



 今週は企業探求ということで、クリームパンやカレーで有名な新宿中村屋の生い立ちから現在までを、創設者の相馬ご夫妻の著書(「黙移(もくい)」、「一商人として」)を参考にしながら歩いてみたいと思います。

<田辺茂一 「わが町新宿」より> 2002年9月18日追加
 新宿中村屋の丁度前にあった新宿紀伊国屋の創設者 田辺茂一氏が、大正から昭和初期の新宿中村屋について書いています。
「明治四十年、中村屋は本郷春木町から新宿に引越してきた。山之手方面に、パン食の文化人が多いからというネライであった。引越してきた当時は、私の家の真ん前であった。初代相馬愛蔵、黒光夫妻と店員としては、小僧二人であった。私も幼いときだったから、直接に見聞きしたわけではないが、その小僧さんの一人が、パンを買いにくる。通り一つ隔てて、こちらからみていると、可笑しなことになる。その買った袋を、小僧さんは路地の裏に行って空にする。買物客のサクラである。そんな苦労もあったのである。……大正時代の中村屋は、間口四間半ぐらいの低い木造二階建てであって、その間口も、向かって左の一間半は、人力車屋であった。昭和二年、その人力車屋を改造して、喫茶部を設けた。……喫茶部ができてから、暫くし、こんどは、印度風カレーライスを売り出した。たしか一円二十銭であった。それまで、中村屋に寄食していた、長女相馬俊子さんの愛宿印度の革命志士ボースさんの発案に相違なかった。カレーの味が違い、米も違っていた。さすがに、本場だと、巷間の好評を博した。」とあります。無駄を省き、商売一筋にはげまれていたのではないかとおもいます。なかなかおもしろく、当時の新宿中村屋の様子を書いています。

 新宿中村屋の創設者は相馬愛蔵・黒光夫妻です。相馬愛蔵氏は長野安曇野の出身で、東京専門学校(現在の早稲田大学)を卒業後、明治30年仙台藩の漢学者・星雄記の孫の黒光さんと結婚しています(愛蔵28歳、黒光22歳の時です)。彼女は本名を良といい、若い時から多感な少女で仙台の宮城女学校をストライキのため退学、上京して横浜フェリス女学院に転校、次に麹町の明治女学校(ここでは島崎藤村が英語の先生をしていて、講義はぜんせん面白くなかったそうです)に明治28年夏、転校し卒業しています。彼女の著書の「黙移」「ロングフェローのスパニッツュスツーデソト第一幕二場の初めの方、チスバの台詞の中に、What does marry mean? It means to spin, to bear children, and to weep.結婚とは、妨ぐこと、生むこと、泣くことである、というのがあります。この句は私の夢を醒ますのに充分でした。」とあります。彼女の結婚観を少し現しているような気がします。また相馬家に嫁ぐ頃のことを「黙移」には「いよいよ学校も卒業になり、私は島貫さんに送られて、信濃の相馬家に嫁ぎました。私はここで思いにまかせて、自己中心の話しようを致しましたが、小説による失敗、男性との往来の難かしさ、世間の無理解、新聞の中傷記事、それらはこの時代において最も著しかったもので、幾多の才ある女性が文芸への道に志を抱きながら筆を折って隠れた裏には、おそらく一人の例外もなく、これに類する絶望と幻滅があったものと察して間違いなかろうと考えられるのであります。」とあります。この後、彼女は文芸への道をあきらめて長野安曇野の相馬家へ嫁いでいきます。しかしながら田園生活に彼女は馴染む事ができず、健康を害して仙台の実家へ戻ります。この後夫婦で相談して上京することになります。(この時代にしては愛蔵さんはものずごく理解ある夫ですね!)
 
左の写真はお二人が上京して初めて住んだ所、駒込千駄木林町十八番地、団子坂坂上を右に曲がり、写真左に写っている文京保健所の右隣当たりです(この辺りは今は高級住宅街 です)。

<本郷東大前> 2022年4月21日 修正
 明治34年9月東京本郷に上京します。二人で商売を始める事を決め、最初に思いついたのが西洋のコーヒー店だったのですが、同じようなお店が本郷に出来てしまったため、このアイデアは消えてしまいました。次に考えたのが、このころようやく広まってきたパンです。新聞に「パン店譲り受けたし」との三行広告を出して当時のお金で700円で購入したお店が、本郷東大正門前「中村屋」だった訳です。当時の様子を「一商人として」「通信社から早速記者が見えて我々の談話を徴し、書生パン屋と題して大いに社会に紹介された。この記事が出ると、今まで知らずにいた人も『ははあ、中村屋はそういうパン屋か』とにわかに注意する。大学や一高の学生さんで、わざわざのぞきにやって来るという物好きな方もあって、妻もまだ年は若かったし、さすがに顔を赤くしていたことがあった。そんな関係からだんだん学生さんに馴染が出来て、一高の茶話会の菓子はたいてい中村屋へ註文があり、私の方でも学生さんには特別勉強をすることにしていた。」とあります。当時かなり人気があったパン屋さんだったことがわかります。

右の写真は東大正門前を少し駒込方面に行った所です。この付近は戦災にも焼けずに残っています。写真の左から二軒目の「こころ」という喫茶店の所が初めて出したお店跡です。新宿に移ってからは、弟子の方が受け継いで右側二軒隣に移転しています。その後、弟子の方は昭和初期に館山にお店を出されて、今はそちらの方に移られたようです。東大正門前のお店は昭和30年代までありました(住宅地図で確認)。残念ながらそのお店も無くなっています。

nakamuraya4w.jpg<クリームパン>
 明治37年(1904)日本で初めてあのクリームパンを販売しますが、なんと形は柏餅型だったそうです。「一商人として」では「私はかねて中村屋を支持して下さるお得意に対し、これはと喜んでもらえるような新製品を何がな作り出したいものと心がけていたが、ある日初めてシュークリームを食べて美味しいのに驚いた。そしてこのクリームを餡パンの餡の代りに用いたら、栄養価はもちろん、一種新鮮な風味を加えて餡パソよりは一段上がったものになるなと考えたのである。早速拵えて店に出すと案の定非常な好評であった。それからワップルに応用し、ジャムの代りにクリームを入れて見たのである。」とあります。現在ではどこのパン屋さんでも売っていますが、当時としては画期的な商品だったのだと思います。

左の写真が現在の中村屋のクリームパンです。お求めになるためには新宿中村屋に午後2時に行く必要があります。数も限りがあるため早めにいかれる事をおすすめします。価格は150円です。味は抜群、日本一のクリームパンです。どうぞ一度召し上が って下さい。

<新宿中村屋>
 
明治40年、店の規模を拡大するため新しい店を出す所をさがしていたところ、「いかにも千駄ヶ谷は屋敷町で得意の数は多かったが、私は将来の発展の上から市内電車の終点以外に適地はないという断定を下し、すあわち新宿終点に眼をつけたのである。ちょうどそこに二間間口、三軒続きの新築貸家が出来かかっていたので、早急その二戸分を家賃二十八円で借り受け、ただちに開店の用意をした。この場所は、現在の六間道路の所で、その三軒長屋の一つが今の洋品店、日の出屋になっている。」とあります。六間道路は今の新宿通りで、三軒長屋が今の中村屋の隣になります。日の出屋さんは中村屋さんから三越の方に二軒目になり、今はビッグカメラパソコン館になってしまっています。今の新宿はヨドバシカメラやビッグカメラの支店ばかりで、昔のお店はどこに行ったのでしょうか、目先の利益ばかりを追いかけて貸し店舗にしてしまっているのではないでしょうか。右隣の新宿高野も一階はGUCCIになってしまっています。昔は果物が並んで、すばらしいフルーツパーラーだったのですが、残念です。
 この新しいお店は、最初の日の売上が本郷のお店の売上を上回ってしまいます。新宿という土地の伸びる勢いのすごさがわかると思います。この後明治42年中村屋は二軒隣の土地を購入、現在のお店になっています。昭和2年(1927)以降インドカリー、ボルシチ、中華まんじゅう、月餅などの独創的な新商品を次々に世に送り出しています。

<新宿中村屋サロン>
 夫妻は中村屋が新宿に移ってから多くの人々に肩入れし、面倒を見てきました。中村屋でインドカリーを誕生させるきっかけとなったラス・ビハリ・ボースはインド独立運動の革命の志士で、大正4年日本に亡命、夫妻がボースをかくまい、娘の俊子はボースと結婚しています。また中村屋サロン脚本朗読会を発足させ、水谷八重子や夏川静枝などがそのメンバーとなっています。 この脚本朗読会がさらに発展して、大正12年には麹町平河町の相馬私邸内の「土蔵劇場」を作っています。初演の出席者は島崎藤村をはじめとして、文壇のそうそうたる顔ぶれだったそうです。(新宿中村屋ホームページ より)


昭和10年頃の新宿駅東口周辺地図
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現在の新宿駅東口周辺地図

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【参考文献】
・黙移(もくい):相馬愛蔵/相馬黒光 郷土出版社
・一商人として・夫婦教育:相馬愛蔵/相馬黒光 郷土出版社
・明治東京畸人傳:森まゆみ 新潮文庫
・新宿盛り場地図:新宿歴史博物館編

【交通のご案内】
・本郷東大前:営団南北線「東大前駅」下車徒歩3分
・新宿中村屋:JR山手線/中央線/営団丸ノ内線「新宿駅」下車すぐ

【お店ご案内】
・新宿中村屋本店:東京都新宿区新宿3-26-13 電話 03-3352-6161
中村屋ホームページ

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