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最終更新日:2006年2月19日


●「天国と地獄」の酒匂川鉄橋、鎌倉 腰越を歩く(中)
  
2005年1月8日 <V01L02>

 黒沢明監督の「”天国と地獄”を歩く」の「中」として身代金を受け渡した東海道線酒匂川鉄橋と共犯者の家があった鎌倉腰越を歩きます。映画を見たことのない人は面白くありません。

<DVD 天国と地獄>
 黒沢明監督の「天国と地獄」は制作:東宝と黒澤プロダクション、配給:東宝で昭和38年3月1日に封切られています。翌年の昭和39年には東京オリンピック開催、東海道新幹線開業と日本が成長路線をひた走り出した頃になります。戦後という時代をようやく離れて、”よかかりし昭和30年代”が終わり、高度成長時代に突入します。

左の写真が「天国と地獄」のDVDです。黒沢明監督作品のDVDはボックスであるのですが、私は個人的に好きな映画だけしか購入しませんのでバラで購入しています。この映画のクランクインは38年9月ですが、脚本を作るため1月に熱海の来の宮の旅館に45日間滞在し完成させています。都築政昭の「黒澤明と天国と地獄」では、「『天国と地獄』 には、「これが映画だ」という要素がぎっしり詰まっている。興奮し、感動した時、人はよく「手に汗握る」迫力だったと言うが、この映画は全篇まさに手に汗握る?金縛り″の凄まじい緊張で終始する。映画には文学や演劇や哲学、美術、音楽などさまざまな要素があるが、「映画はあくまで映画だ」 (「悪魔のように細心に! 天使のように大胆に!」東宝事業部)と黒澤は言う。…」、と書き出しています。 この映画は黒澤明の最も得意とする”手に汗握る”分野の映画だとおもいます。黒澤明の最も不得意な分野は家庭であり、家族ではないかとおもっています。この「天国と地獄」の最初の場面は権藤家ですが、この家庭の会話は子供の会話も含めてぎこちなく、ごく一般の家庭の雰囲気とはなっていません。小津安二郎風の家庭的な雰囲気を漂わせるのは黒澤明には難しそうです。やっぱり得意不得意はあるようですね。

【天国と地獄】
原作:エド・マクベイン「キングの身代金」
脚本:小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎、黒澤明
キャスト:権藤金吾‥三船敏郎、戸倉警部‥仲代達矢、権藤の秘書‥三橋達也、荒井刑事‥木村功、他

<黒沢明>
 明治43年(1910)3月23日東京都品川区東大井で父勇、母シマの間に8人兄弟の末っ子として生まれる。京華学園中学校を卒業後、画家を志し美大を受験するが失敗、昭和11年P・C・L映画製作所(東宝の前身)に入社します。山本嘉次郎監督の助監督を経て、昭和18年に「姿三四郎」で監督デビュー、高い評価を受けて日本映画界のホープとなります。終戦後の昭和23年「酔いどれ天使」で三船敏郎を抜てきし以後三船敏郎は黄金期の黒澤映画に不可欠な俳優となります。昭和25年制作の「羅生門」はベネチア国際映画祭でグランプリを獲得し一躍世界の黒沢となります。平成10年9月6日、脳卒中により東京都世田谷区成城の自宅で死去、88歳でした。


天国と地獄 鎌倉腰越、酒匂川鉄橋 地図



酒匂川鉄橋>
 犯人からの電話で身代金を”特急こだま”に乗って受け渡すことになります。昭和38年ですから東海道新幹線は翌年開通でまだ姿を見せていません。当時の東海道線の電車特急は東京−大阪間を”こだま”、”つばめ”が2編成づつ、”はと”が1編成、神戸までの”富士”が2編成走っていました。「天国と地獄」の撮影に使われた特急は東京14時30分発の「特急第2こだま」でした。小田原駅手前の酒匂川鉄橋を渡る時間は、横浜発が14時52分、熱海発が15時48分ですから15時30分前後だとおもわれます。酒匂川鉄橋の東京よりの土手で誘拐された子供の姿を確認して、鉄橋を渡り切った小田原よりの土手で身代金をこだまのトイレの窓から投げ捨てます。当時の”特急こだま”は電車特急で窓は開きませんが、ただ一カ所トイレの窓だけが開閉可能でした。その窓を使って身代金を酒匂川鉄橋の土手に投げ捨てるわけです。

左の写真が酒匂川鉄橋です。特急こだまがこの鉄橋を通過する時間は僅か15秒です。「…十月二十二日、快晴、本番である。品川操車場には八時頃からスタッフが集合。…… 九時になり黒澤と扮装した俳優たちが、そして乗客になったエキストラが、続々と現われ、乗車した。「エキストラは、出来るだけハイクラスの人を集めろという黒澤さんの注文で、成城の奥様方がキラビヤカな服装で集まりました」 (出目談・著者インタビュー)エキストラには後日談がある。彼女たちは黒津映画に出演させて貰ったお礼に、相談のすえ黒澤に羽織一着を贈ったという。… 十時をやや過ぎて特急第二こだまは、正規の十一輌編成で品川操車場を出発した。ビュッフェに一つある壁時計が背景に写るので、東京発二時三十分に合わせ、少し進めてある。約一時間の勝負であり、『天国と地獄』 はこの撮影の成否にかかっている。黒澤以下、時間との闘いであり、いやがうえにも高まる興奮に身をゆだねた。カメラマンたちが言ったように、まさに?一瞬の勝負″ である。…」。撮影用に”特急こだま”を貸し切って撮影したようです。当時、特急に乗る人は一部のお金持ちだけだったので成城の奥様方になったのでしょう。

鎌倉極楽寺>
 誘拐犯人は身代金を酒匂川鉄橋で受け渡された後、誘拐した子供を開放します。この誘拐された子供は権藤家の子供ではなく、間違えて権藤家の運転手の子供でした。この子供が誘拐されたときに車で走った道の風景を覚えていました。その中で江ノ島電鉄のトンネルが撮影されています。

右の写真は江ノ島電鉄極楽寺駅近くのトンネルです。江ノ電のトンネルはここしかなく、すぐに場所がわかりました。極楽寺駅傍の赤い欄干の橋から見た江ノ島電鉄のトンネルです。映画と全く同じでした。かんぺき‥…!!

江ノ島電鉄>
 犯人からの電話の音を分析すると電車の音が聞こえます。電車は電車でもトロリーポールから集電している電車の音でした。昔は都電や市電はパンタグラフではなくて一般にトロリーポールから集電していました。このトロリーポールから集電していると電車ごとに音が違うようで、どこの電車が分かるようです。この音の分析で江ノ島電鉄とわかります。江ノ島電鉄は昭和39年までこのトロリーポールを使用していました。二人の刑事はこの写真の付近から江ノ島と江ノ電を見ています。

左の写真は腰越付近を走る江ノ島電鉄です。トロリーポール時代の江ノ電の写真を掲載しておきます。現在はパンタグラフになって四両編成です。この写真の右側、崖の上が共犯者の家があるところです。

腰越漁業協同組合>
 犯人たちが使った車が中原街道で発見されますが、鑑識の結果、その車に魚の血と油、鰹と鰺の鱗が検出されます。そこで江ノ電のトロリーポールの音と合わせて腰越漁業協同組合の近くと刑事たちは断定します。江ノ電の沿線で魚の鱗や油などがあるとおもわれる漁業協同組合はここしかありません。

右の写真は腰越漁業協同組合の入り口です。現在は釣り人向けの貸し舟が中心のようで、大きな駐車場がありました。映画で撮影した場所は右の写真の場所です。

共犯者の家への坂道>
 刑事たちは子供の書いた絵を便りに坂道を登ります。小動岬と江ノ島が一直線に見える場所を探します。この場所は腰越の丘の上になるのですが、小動岬、腰越と聞くと、太宰治をおもいだしますね。『“帝大生と女給情死を図る”青森県北郡金木町素封家同郡県会議員津島文治氏弟東京市外戸塚町二五〇常盤館止宿帝大生修治(二二)及び銀座十字屋楽器店裏ハリウッド・バー内田邉あつみ(一九)の両名は二十八日朝家出同日午後五時頃相州腰越小動神社裏海岸でカルモチンをのみ情死を計り二十九日朝八時頃苦悩中を付近の漁師が発見女は間もなく絶命男は腰越恵風園に収容したが一命は取止めるらしい』、と昭和5年11月30日(日)の東京朝日新聞朝刊に報道されています。

左の写真は共犯者の家に向かう坂道です。この坂道を下りた所を江ノ島電鉄と134号線が走っています。海岸縁の道の右側すぐに小動岬があり、左側すぐに恵風園があります。

共犯者の家>
 権藤家の運転手が子供と共犯者宅を探しています。刑事たちも腰越漁業協同組合から腰越の丘の上を目指して坂を登っていきます。すれ違いますが丘の上で偶然出会い、子供が共犯者の家を見つけます。

右の写真の右側で刑事と運転手が出会います。子供は写真の左手にある階段を登っていきます。現在も左手に手前から向こう側に登っていく階段がありますが、映画では逆の階段でした。当時の地図を見てみると、映画と同じ向こうから此方側に登る階段が、現在の階段の向こう側にありました。現在は車庫になってなっていました。共犯者の家はこの写真の左側にあるはずなのですが、実際の撮影はすこし江ノ島側に戻った江ノ電腰越駅近くの満福寺の裏手の山の上付近で撮影されたようです。江ノ島がよく見える場所からでしたのですぐに分かりました。「…この江の島ロケで、黒澤が妥協したものが一つあった。それは背景に写る富士山である。設定は真夏だが、ロケは十二月に入り、初旬から中旬にかけて行われた。そのため冠雪していた。夏の富士は雪は冠らない。…」、黒澤監督も妥協することがあるのですね!!

次回は最終回として伊勢佐木町界隈を掲載します。


【参考文献】
・キングの身代金:エド・マルベイン、ハヤカワ・ミステリ文庫
・DVD 天国と地獄:黒沢明監督作品、東宝
・黒沢明 夢のあしあと:黒沢明研究会編、共同通信社
・黒沢明の映画:ドナルド・リチー、教養文庫
・黒沢明と「天国と地獄」:都築政昭、朝日ソノラマ
・黒澤明コレクション:キネマ旬報社

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