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最終更新日:2006年9月27日


●江戸三大鬼子母神散歩 初版2001年1月13日 <V01L04> 

 しばらく明治から大正、昭和初め以降のお話ばかりしていましたので今日は江戸時代まで戻って鬼子母神を歩いてみたいと思います。鬼子母神の4文字の意味を考えてみますと、鬼と神の間に子供と母が書かれています。特に子供が鬼に近く、母が神に近いとは、親子関係そのもののような気がしますね。

kishibojin/kishibojin0.jpg 江戸三大鬼子母神についての資料がなくて苦労しました。入谷の鬼子母神と雑司ヶ谷の子母神は有名ですので、すぐに分かりましたがもう一つの鬼子母神がなかなか見つかりませんでした。入谷と雑司ヶ谷の子母神の資料を読むと江戸三大鬼子母神の一つとは書いてあるのですが、三つ目の鬼子母神についてはなにも書いてありません。いろいろ本を探していましたら、岸乃青柳さんが書かれた「東京の謎とき散歩(お寺神社)」の雑司ヶ谷子母神の中に書かれていました。江戸というので東京の中ばかり探していたのですが、三つ目の鬼子母神はなんと千葉県市川市中山の「正中山 法華経寺」でした。どおりで分からなかったはずです。東京の中の日蓮宗のお寺ばかり探していました

<鬼子母神について>
 雑司ヶ谷子母神法明寺のパンフレットによりますと「鬼子母神は安産・子育(こやす)の神様として広く信仰の対象となっていますが、そこに至るまでには以下の来歴があります。---その昔、鬼子母神はインドの夜叉神の娘で、嫁いで多くの子供を産みました。しかしその性質は暴虐で、近隣の幼児を食べるので、人々から恐れられました。お釈迦様は、過ちから彼女を救うことを考えられ、末の子を隠してしまいました。その時の彼女の歎き悲しむ様は限りなく、お釈迦様は「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を喰らうとき、その父母の歎きやいかん」と戒めました。そこで彼女ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになりました」と書かれています。つまり安産・子育ての神様なのですが、字の通り、鬼と神の間に挟まれた子供と母親であり、信心深かければ神に近づけるし信心深くなければ鬼にもなってしまうことを表しているのではないかと思います。結構厳しい日蓮宗です。

左の写真は”雑司ヶ谷子母神法明寺本堂にある提灯です。鬼の字の上の角がありませんね。理由は下記を読んで下さい。

<法明寺子母神堂> 《都指定有形文化財(建造物)》
 都内で唯一都電荒川線が走っている雑司ヶ谷の子母神前で降りて、少し歩いたところが法明寺です。途中に”子母神大門けやき並木”があります。昭和の初期には樹齢400年のけやきが18本程残っていたそうですが現在は4本を残すのみとなっています。東京都の天然記念物に指定されています。家並みの直ぐ側にあり、なかなか大きくて迫力があり流石由緒ある子母神だなと思わせます。法明寺の子母神像は、鬼形ではなく、羽衣・櫻格をつけ、・吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形の美しいお姿をしているので、とくに角(つの)のつかないの字(調べたのですが鬼の字の上についている角のない漢字がないのて色を赤字にしてそのまま使います)を用い「雑司ケ谷子母神」と尊称しているそうです。現在の本堂は寛文6年(1666)安芸藩主浅野光成の夫人より寄進を受けています。

右の写真は”雑司ヶ谷法明寺子母神堂”です。どういう訳か戦災に会わずに済んでいます。この境内の真ん中に元禄年間から続いているという駄菓子屋さん(川口屋さん)があり、かなり有名です。鬼子母神のお告げがあって作るようになったと言われています“すすきみみずく”を販売しています。一つどうでしょうか、魔除けに効果があるそうです。


kishibojin2w.jpg<真源寺(入谷鬼子母神)>
 「恐れ入りやの鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺・・・」と「朝顔まつり」で有名な入谷の真源寺です。「恐れ入りやの鬼子母神」はいろいろ使われており、太田蜀山人の狂歌の「恐れ入谷の鬼子母神、どうで有馬の水天宮 志やれの内のお祖師様」という酒落言葉の中から出たものです。”入りや”と”入谷”を掛けたものなんですね!太田蜀山人(1749〜1823)は江戸中期の文人であり幕臣であった人です。狂歌で才能を発揮し文壇の総師として活躍しましたが、後に長崎奉行支配勘定方など歴任しています。話がそれましたが、江戸時代から入谷鬼子母神の人気が高かったことがこれで分かります。その入谷鬼子母神は江戸初期の万治2年(1659)に沼津の法華宗大本山徳永山光長寺第二十世高運院日融聖人が百姓利兵衛から入谷の土地を買い取って、この地に仏立山真源寺を開基するに当り、日蓮大聖人の御尊像と共に、鬼子母尊像を併祀したことから始まっています。この真源寺を中心にして、毎年7月6日からの3日間、「入谷朝顔市」が開催されます。「入谷から出る朝顔の車かな」と正岡子規にも歌われており、境内と寺院前の言問通りに120あまりの店が並び2万鉢の朝顔が売られています。

左の写真は入谷の真源寺です。私が訪問した時に丁度、車の御祓いを受けている人がいらっしゃいました。写真の車が御祓いを受けている最中です。ドアを全部開けて御祓いを受けています。

kishibojin1w.jpg<正中山 法華経寺>
 江戸三大鬼子母神の一つが千葉の市川市にあった訳ですが、かなり遠くて訪ねるのに大変でした。ただ駅を降りると駅前が参道で、まさに市川市中山は法華経寺の門前町として発展した町のようです。法華経寺は日蓮宗の名刹として有名で、鎌倉時代後期に日蓮の弟子日常が創建した法華寺と、日高の創建した本妙寺が室町時代中期に一緒になり、法華経寺となっています。現在の場所は本妙寺のあった所で、法華寺は奥の院となっています。祖師堂、法華堂、四足門、五重塔は重要文化財です。聖教殿には、日蓮の自筆で国宝の「立正安国論(りっしょうあんこくろん)」が所蔵されています。また鬼子母神への信仰も厚く、子育安産の祈祷のための参詣の人も多く訪れるようです。
中山を訪れた文学者も多く、正岡子規(中山寺)、高浜虚子(中山寺)、田山花袋(東京近郊一日の行楽)等でこの周辺を紹介しています 。

右の写真は法華経寺の赤門です。もう少し手前の京成中山駅の側に黒門があります。参道は一様車が通れますが狭くてすれ違うのが大変です。中山競馬が開催されている時は通行止めになるようです。又ここは桜の名所としても知られています。

法明寺鬼子母神堂付近地図


 真源寺(入谷鬼子母神)付近地図

正中山 法華経寺付近地図

【参考文献】
・東京の謎とき散歩(お寺神社):岸乃青柳 廣済堂出版


【交通のご案内】

・法明寺鬼子母神堂:都電荒川線鬼子母神前下車徒歩3分
・真源寺(入谷鬼子母神):営団地下鉄日比谷線入谷駅下車すぐ/JR鶯谷駅から南東へ徒歩7分
・正中山 法華経寺:京成本線京成中山駅下車すぐ/JR総武線下総中山駅下車徒歩3分

【見学について】
・法明寺鬼子母神堂:東京都豊島区雑司ヶ谷3-15-20 電話:03-3988-4157
・真源寺(入谷鬼子母神):東京都台東区下谷1-12-16 電話:03-3841ー1800
・正中山 法華経寺:千葉県市川市中山2-10-1 電話:047-334-3433

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