今週から上巻・下巻の二回に分けて川端康成特集の最終回、「大阪・茨木時代を歩く」をおおくりします。一月から10回かかってやっと最終回になったという感じで、写真撮影は二年がかりで本もかなり読みました、あ〜長かった!!
<川端康成の大阪> 川端康成は「油」という小品の中で、幼いときの思い出を書いています。「…父は私の三歳の時死に、翌年母が死んだので、両親のことは何一つ覚えていない。母はその写真も残っていない。父は美しかったから写真が好きだったのかもしれないが、私が古里の家を売った時に土蔵の中で、いろんな年齢のを三四十種も見つけた。そして中学の寄宿舎にいた頃には一番美しく写った一枚を机の上に飾ったりしていたこともあったが、その後幾度も身の置きどころを変えるうちに、一枚残らず失ってしまった。写真を見たって何も思い出すことがないから、これが自分の父だと想像しても実感が伴わないのだ。父や母の話をいろんな人から聞かされても、親しい人の噂という気が矢張りしないので、直ぐ忘れてしまう。…」。川端康成は両親を幼いときに失い、ただ一人の兄弟であった姉も十歳のときに亡くなり、天涯孤独になります。ただ、母方の実家や祖父、伯父に助けられて茨木中学校から東京の第一高等学校、東京帝国大学へ進むことができます。
★左上の写真は大阪市北区此花町一丁目七十九屋敷(現在の大阪市北区天神橋1丁目16番12号)にある”川端康成生誕之地”の記念碑です。詳細は下記を参照して下さい。
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