●永井荷風の「深川の散歩」(第一回) 初版2001年4月1日 V02L02
三名の作家の深川を追いかけて見たいと思います。今週は第一回目として永井荷風の「深川の散歩」に沿って散歩してみたいと思います。この「深川の散歩」の最後に”甲戌十一月記”と書いてあります。特に”甲戌”が分からないと思いますが干支の読み方で”きのえいぬ”と読み、昭和9年のことです(永井荷風55歳)。
<清洲橋> 「…清洲橋という鉄橋が中洲から深川清住町の岸へとかけられたのは、たしか昭和三年の春であろう。この橋には今だに乗合自動車の外、電車も通らず、人通りもまたさして激しくはない。それのみならず河の流れが丁度この橋のかかっているあたりを中心にして、ゆるやかに西南の方へと曲っているところから、橋の中ほどに佇立むと、商の方には永代橋、北の方には新大橋の構わっている川筋の眺望が、一目に見渡される。西の方、中洲の岸を顧みれば、箱崎川の入口が見え、東の方、深川の岸を望むと、遥か川しもには油堀の口にかかった下の橋と、近く仙台堀にかかった上の橋が見え、また上手には万年橋が小名木川の川口にかかっている。…」は永井荷風の「深川の散歩」の書き出しです。私も初めて徒歩で清洲橋を渡ったのですが、橋の上からの眺めはすばらしく、人通りも少なく散歩には最適ではないでしょうか、昔からこのあたりは交通の便が悪い所で、そのため人通りも少ないようです。今は都営大江戸線が開通してやっと便利になりました。私も今回は京浜東北線の浜松町で大江戸線に乗り換え、「清澄白河駅」まで乗りました。今までは東京駅で営団東西線に乗り換えて「門前仲町」で、またバスに乗り換えていたことを考えると圧倒的に便利になりましたね!
★左の写真が清洲橋です。清洲橋は関東大震災後の復興計画に基づき、昭和3年(1928)に架けられています。長さ186.22m、幅22mのつり橋で、ドイツのケルン市のライン川に架かるつり橋をモデルとした優雅な曲線をもっています。名前は深川区清住町と日本橋区中洲町を結んだところから名づけられました。
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