<太郎>
五木寛之は小説家では先輩の立原正秋を金沢に迎えます。その当時の事を「金沢での立原正秋」というエッセイに書いています。「…立原さんに彼の美意識があるとすれば、後輩の私にも、私なりの身構えがあった。私はあれこれ思いなやんだ末に、食通として知られる立原さんを、主計町の(太郎)という小さな店に案内することに決めた。(太郎)は浅野川のほとりの、鍋料理の店である。しもたや風の庶民的な雰囲気で、観光客よりも地元の客が愛用する小座敷だ。立原さんは、最初その店の前に立ったとき、一瞬、けげんそうな表情を見せた。そしてせまい階段をのぼって、小部屋のひとつにとおされたとき、低い鴨居にあやうく頭をぶっつけそうになって眉をひそめた。(太郎)に対する立原さんの反応は、私の予想したとおりだった。イカとワケギのぬたが出てくると、立原さんは重々しい動作で箸を使い、うむ、と顎を引いて、例の私の大好きなもつともらしい構えた口調で、「これは、ふむ、白味噌をもちいたものだな。そうだろう、五木くん」と、言い、二、三度、深くうなずいた。私は今でもそのときの立原さんの大真面目な口調を、ありありと思い出すことがある。そして、こみあげるおかしさを押さえることができずに、笑ってしまう。私はそういう立原さんが大好きだった。長兄にいたずらをしかける三男坊のような気分で、私は立原さんをわざと(太郎)へ案内したのだ。」。立原正秋は早稲田大学の先輩で、直木賞は五木寛之より半年早い、昭和41年上期(第55回)に受賞しています。
★右の写真の左側が鍋料理で有名な主計町(かずえまち)の太郎です。浅野川が写真の右側で、川べりの昔からの風情がそのままのお店でした。日曜日だったので残念ながらお店は開いていませんでした。 |