<「墨東の堀辰雄」>
堀辰雄の生誕については、自身が書いた「幼年時代」とその追補版である「花をもてる女」があるのですが、住所等の記載が無いため、詳しく書かれている本を探しました。堀辰雄の研究者である谷田昌平さんが「墨東の堀辰雄」として、生い立ちを詳しく書かれていましたので、この本を参考にして墨東(向島)を少し歩いてみました。この「墨東の堀辰雄」を読めば”向島時代”の堀辰雄が全て分かりそうです。先ずは、「墨東の堀辰雄」のからです(以下で、墨東の墨の字が第三水準なので、墨を使いますがご容赦ください)。
「…そういう翳りのある境遇に生まれ育った幼少年期を素材にして、小説「幼年時代」を雑誌「むらさき」に昭和十三年九月号から執筆し始めたが、その年十二月十五日に父と信じていた上條松吉が亡くなった。…
…そして叔母さんから聞いた話によって、忽々の間に「幼年時代」初出稿に手を入れた改訂稿を、作品集『燃ゆる煩』(昭和十四年五月、新潮社刊)に収め、その一二年後の昭和十七年には、更に作品全体にわたって削除、改稿の筆を加えた定稿を完成した。そして叔母さんからは再度話を聞いたと思われるが、それらの話にょって自分の出生、生い立ちや、母のこと、実父のこと、養父松吉のこと等を感慨をこめて書き、青磁社版『幼年時代』(昭和十七年八月刊)に収めた定稿「幼年時代」の「拾遺」とした作品が「花を持てる女」(「文学界」昭和十七年八月号)である。…」。
「幼年時代」については、新潮文庫で出版されていたのですが、現在は絶版になっています。図書館で堀辰雄全集を読むか、古本で購入するしかないという状況です。「花を持てる女」も同じ状況です。インターネットの「青空文庫」で読まれるのが一番良いとおもいます。
★写真は谷田昌平さんの「墨東の堀辰雄」です。彌生書房の1997年出版です。よく調べられていますので、尊敬します。
【堀辰雄(ほり たつお) 明治37年 (1904)12月28日-昭和28年(1953) 5月28日】
東京生れ。東大国文科卒。一高在学中より室生犀星、芥川龍之介の知遇を得る。1930年、芥川の死に対するショックから生と死と愛をテーマにした『聖家族』を発表し、1934年の『美しい村』、1938年『風立ちぬ』で作家としての地位を確立する。『恢復期』『燃ゆる頼』『麦藁帽子』『旅の絵』『物語の女』『莱徳子』等、フランス文学の伝統をつぐ小説を著す一方で、『かげろふの日記』『大和路・信濃路』等、古典的な日本の美の姿を描き出した。(新潮文庫より)