<「旅の絵」 堀辰雄>
堀辰雄は昭和7年12月末、体調が余り良くないのにもかかわらず、神戸を訪ねています。友人である竹中郁の出版記念会に参加するためでした。堀辰雄はこの時の訪問を「旅の絵」として後に書いています。今回はこの「旅の絵」に従って神戸を歩いてみました。不明な所等は下記に掲載の本も参照しています。
堀辰雄の「旅の絵」の書き出しです。
「 竹中郁に
……なんだかごたごたした苦しい夢を見たあとで、やっと目がさめた。目をさましながら、私は自分の寝ている見知らない部屋の中を見まわした。見たこともないような大きな鏡ばかりの衣裳戸棚(いしょうとだな)、剥(は)げちょろの鏡台、じゅくじゅく音を立てているスティム、小さなナイト・テエブルの上に皺(しわ)くちゃになって載っている私のふだん吸ったことのないカメリヤの袋(私はそれを何処の停車場で買ったのだか思い出せない)、それから枕(まくら)もとに投げ出されている私の所有物でないハイネの薄っぺらな詩集、――そう云うすべてのものが、ゆうべから私の身のまわりで、私にはすこしも構わずに、彼等の習慣どおりに生き続けているように見えた。今しがた見たことは確かに見たのだが、どうしても思い出せない変にごたごたした夢も、それまで自分はぐっすり眠っていたのだという感じを私に与えはしているものの、同時に、まるで他人の眠りを借りていたかのような気にも私をさせないことはなかった。………」
上記は堀辰雄全集の中の「旅の絵」からです。「旅の絵」はこの堀辰雄全集掲載以外は、写真掲載の新潮文庫「燃ゆる頬・聖家族」の中に掲載されているのみです。ただ、堀辰雄全集と新潮文庫とでは書き出しが違います。一番最初に書かれている”竹中郁に”が新潮文庫には書かれていません。理由ははっきりしません。「旅の絵」は竹中郁を訪ねた話なのですが、不思議です。
初出:「新潮」 昭和8年(1933)9月号
初収単行本:「物語の女」山本書店 昭和9年(1934)9月1日
★写真は新潮文庫の「燃ゆる頬・聖家族」です。この中に「旅の絵」が掲載されています。新潮文庫、昭和22年(1947)11月30日発行です。現在は絶版になっているようです。