<「東京奇譚集」 新潮文庫>
村上春樹は平成3年(1991)1月、米国ニュージャージー州プリンストン市のプリンストン大学(Princeton
University)に客員研究員として招聘されます(92年から1年間は、客員講師として大学院で週にひとコマのセミナーを担当)。平成5年(1993)ボストンのタフツ大学(Tufts
University)に移籍。平成7年(1995)5月、4年間にわたる米国滞在を終え帰国しています。今回はボストンでの村上春樹についてですから、タフツ大学に在籍していたときのお話になります。時間が取れず、写真撮影がほとんどできなかったので、ほんの一部の掲載になります。またボストンに行くつもりです。
まずは村上春樹の「東京奇譚集」からです。
「… 1993年から1995年にかけて、僕はマサチューセッツ州ケンブリッジに住んでいた。
「ライター・イン・レジデンス」のような資格で大学に属し、『ねじまき鳥クロニクル』というタイトルの長い小説を書いていたのだ。ケンブリッジのチャールズ・スクェアには「レガッタ・バー」というジャズ・クラブがあり、ここで数多くのライブ演奏を聴いた。適度な大きさの、リラックスしたジャズ・クラブだ。名のあるミュージシャンがよく出演するし、料金もそんなに高くない。…
…
二つ目の出来事もだいたい同じ時期に起こった。これもやはりジャズがらみだ。ある日の午後、バークレー音楽院の近くにある中古レコード店でレコードを探していた。古いLPの並んだ棚を漁るのは、僕の数少ない生き甲斐のひとつである。その日はペパー・アダムズの『10
to 4 at the 5spot』というリヴァーサイドの古いLPレコードを見つけた。トランぺットのドナルド・バードを含むペパー・アダムズのホットなクインテットが、ニューヨークのジャズ・クラブ「ファイブ・スポット」に出演したときのライブ盤である。10
to 4というのは午前「四時十分前」のことだ。つまり彼らはそのクラブで熱くなって、明け方まで演奏していたのだ。オリジナル盤で、盤質は新品同様だった。値段は7ドルか8ドルだったと思う。僕は日本盤でこのアルバムを持っていたが、長く聴き込んでいるから疵もついているし、こんな値段で盤質の良いオリジナル盤が買えるなんて、大げさに言えば「軽度の奇跡」に近いことである。幸福な気持ちでそのレコードを買って、店を出ようとしたとき、すれちがいに入ってきた若い男にたまたま声をかけられた。
「Hey you have the time?(今何時?)」
僕は腕時計に目をやり、機械的に答えた。「Yeah, it's
10 to 4」…」。
「東京奇譚集」にはボストンのストリート名、お店の名前等の固有名詞がたくさん出てきます。本当はすべて廻りたかったのですが、今回は一ヶ所のみです。
ペパー・アダムズの『10
to 4 at the 5spot』はCDのみ所有しています。LPを探してきました。アメリカ版なのですが、1982と記されています。再販版のようです。
過去のLPの販売について調べてみました。
Title Format
Label Cat#
Country Year
・10 To 4 At The 5-Spot (LP Mono)
Riverside Records RLP 12-265
US 1958
・10 To 4 At The 5-Spot (LP RE)
Riverside Records OJC-031 RLP-265
US 1982
・10 To 4 At The 5-Spot (LP RE)
Riverside Records SMJ-6129 RLP 12-265 Japan 1976
やはり再販のようです。日本での販売より遅いです。
★左上の写真は新潮社の「東京奇譚集」です。文庫本も出ていますのでそちらの方がいいとおもいます。下記にタフツ大学の位置(A)を示しておきます。ケンブリッジにあるハーバード大学よりは北側にあります。
タフツ大学(Tufts University)は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州メドフォード(Medford)にある私立大学です。1852年チャールズ・タフツ(Charles
Tufts)がタフツ・カレッジ(Tufts College)を設立し、「岡の上の明かり」を作りたいと言って、メドフォード(Medford)において標高が最も高かったウォルナットヒル(Walnut
Hill)をキャンパス用地として寄付したことから始ります。(ウイキペディア参照)
今回は全てGoogleMapを使用します。地図の下の「大きな地図で見る」を選択するとストリートビューでも見ることができます。