<jazzLife(昭和57年6月臨時増刊)[東京編と共通]>
「jazzLife」を発行していた「立東社」が2001年に倒産し、どうなるかとおもっていたら、三栄書房が発売元で再発行されました。今回の村上春樹氏インタビュー記事掲載の「jazzLife」は1982年6月ですので、立東社が発行していたころの雑誌となります。
「── かつて国分寺と千駄ヶ谷に“ピーター・キャット”という名のジャズ喫茶があった。そのオーナーが、実はここで紹介する小説家の村上春樹氏だったのである。
「風の歌を聴け」で群像新人賞を受けデビュー後、「1973年のピンボール」や近作では糸井重里との「夢で会いましょう」、それからF.フイッツジェラルドの翻訳集など、独得の喝いた文体の中に現代を描く、クールな新時代の作家である彼に、ジャズとのかかわりを聞いてみた。
……
──それ以前はクラシックとかも……。
村上:クラシックと、いわゆるポップスですね。
──そういうものを聴いてきて、アート・ブレイキーに出会った時の衝撃はどんな感じだったんですか?
村上:あのね。わかんない音楽があるというのはスリルなんですよね。初めて聴いてもわかんないんです。あの−、ショーターとハバードとカーテイス・フラーでしょう、むずかしい訳ですよ。これはモードですしね。わかんない。わかんないと、なんとか追究してみたいという気がするんです。わかんないなりにね。…」。
1985年頃までの村上春樹氏へのインタビュー記事は、どの月刊誌や雑誌に掲載されたものでも、それなりに面白いものばかりです。まだ駆け出しの頃でインダビューになれておらず、率直にありのままを語っていたためだとおもいます。
★左上の写真は「jazzLife」の昭和57年(1982)6月号臨時増刊です。26年前になります。昔のjazzLifeも結構面白かったのですね!!