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最終更新日:2006年12月4日


●僕の「方丈記」体験を歩く
  初版2006年12月2日 
<V01L03>

 定期的に村上春樹を歩きます。今週は「月刊 太陽」の昭和56年10月号に掲載された『八月の庵 僕の「方丈記」体験』を歩いてみました。本題は「方丈記」なのですが、小学生の頃に父親と訪ねた滋賀 石山寺近くの「幻住庵」について書いています。



月刊 太陽 1981.10>
 「太陽」昭和56年(1981)10月号では『遁世は可能か ●「方丈記」を読む』の特集を組んでいます。「方丈記」の書き出しは、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし…」、と、余りにも有名で、私でも憶えていました(作者は鴨長明)。今日は「方丈記」を歩くのでは無くて、この中で村上春樹が書いている『八月の庵 僕の「方丈記」体験』を歩きました。「小学生の頃、父親に連れられて琵琶湖の近くにある芭蕉の庵を訪れたことがある。父親はその当時学生を集めて小さな俳句サークルのようなものをやっていて、何ヵ月かに一度は句会を兼ねた遠出をした。僕も何回か一緒に (まあ可愛気のないマスコットといった雰囲気で)連れていってもらったことがある。…」。”琵琶湖の近くにある芭蕉の庵”とは「幻住庵」のことで、芭蕉が「奥の細道」を終えた翌年の元禄3年(1690)4月から、4ヶ月間住まわれていた所のようです。今回はこの「幻住庵」を訪ねて歩いてみました。

左上の写真は平凡社「太陽」の昭和56年(1981)10月号です。この中で、「方丈記」について野坂昭如、村上春樹、草森伸一等が書いています。「…中学校に上がった頃から父親は僕に古典を教え始め、それは高校を出るまでの六年間ずっと続いた。万葉集から西鶴に至るまでの主な作品は全部である。しかし思春期特有の反発もあって、僕には 「古典を読む」という作業がどうしても好きになれなかった。そしてその反動として異常なほどの極端さで外国の小説へと傾斜していった。何ヵ月も何ヶ月も英語の小説しか読まなかった時期がある。新聞さえ ── それが日本語で書いてあるというだけの理由で ── 読まなかった。日本の小説なんてもちろん読まない。大学に入って一人暮しを始めてから、その傾向は一層強くなった。…… そして二十代最後の年に ── なんとかこれでやっていけそうだと思えた頃に ── 僕は小説を書いた。書き終えてから、なんだか妙なものだな、という気がした。日本の小説なんて殆ど読まずに英語の小説ばかり読んできた人間が日本語で小説を書いてしまったからである。ぐるりと一周してもとに戻ってしまったような気さえした。…」。と書いています。英語の小説しか読まなかったのが小説家としての現在の村上春樹を形成しているようです。

【鴨長明(カモノチョウメイ)】
『方丈記』の著者、鴨長明(一般にカモノチョウメイという)は、京都鴨御祖神社(賀茂下社、下賀茂社とも)の神職の家に、久寿二年(1155)ごろ生れた。生年未詳、諸説があるが、最近は久寿二年説が有力である。以下この時を一歳として述べることとする。『鴨県主系図』に「従五位下、号菊大夫、応保元年(1161)十月十七日中宮叙爵」とあるように、七歳の年はやくも従五位下に叙せられたが(父が賀茂下社の惣官という地位にあったことが関係している)、以後出家するまで遂に昇進することがなかった。「菊大夫」と号したが、大夫は五位の通称である。父は長継といい、長明の出生当時十七歳、すでに賀茂下社の正禰宜であったが、承安二(1172)、三年ごろ、三十四、五歳で世を去っている。(岩波文庫版「方丈記」解説より)

滋賀県石山寺付近地図



石山駅(JR東海道線、京阪石山坂本線)>
 父親は甲陽学院の先生でしたから、出発は「JR東海道線西宮駅」集合で始まったのではないかとおもいます(学校に集合したかもしれませんが)。「…庵は石山の駅から山をひとつ越えたあたりにあった。それはひどく暑い八月の朝で、我我は汗だくになりながら細い荒れた山道をかきわけるようにして進んだ。ずいぶん長い時間がかかったような気もするし、意外に短い距離であったような気もする。今となってはただ暑かったということしかうまく思い出せない。…」。8月の課外授業ですね。西宮駅から石山駅まで快速で約一時間です。

左の写真は現在の石山駅です。写っている線路は京阪石山坂本線です。手前の方が石山寺駅方面です。JR東海道線石山駅は右手奥になります。駅舎はJR京阪とも同じになっていました。「幻住庵」へは京阪石山寺駅からの方が近いのですが、石山駅から歩いたようで道なりで約2.5Km程です(上記の地図参照)。

幻住庵>
 「幻住庵」は近津尾神社の境内に有ります。JR東海道線石山駅から近津尾神社へは登りばかりです。現在は人家が立て込んでいますが昭和30年代は人家もなく山道のみだったとおもわれます。「…とにかく我々は山をひとつ越え、庵に辿りついた。もっとも庵と呼べるほど風情のある代物ではない。あたりの茂みがわずかに切り開かれて、そのまん中に小さな小屋がぽつんと建っている、というだけのことだ。近年になって補修されたものだし、それもとくに凝って補修したわけでもないから、建売住宅のモデルルームが老朽化したといった風にも見えなくはない。またしかるべき立て札が立っているでもない。人里を離れてひっそりと建っているという点を別にすれば、実に平凡で特徴のない建物である。由緒を知らない人なら気にもとめずに通り過ぎてしまうことだろう。…」。当時としては珍しくもない建物だったのでしょうが、現在は珍しい建物になってしまっています。

右の写真が「幻住庵」です(近津尾神社手前側です)。村上春樹が訪ねた時から50年は経っています。建物を見るととても綺麗ですので再度、補修されたとおもいます。

幻住庵の雨戸>
 「…父親は学生時代に何度かここを訪れたことがあるらしく、管理人から預かってきた鍵で戸を開け、中に入って慣れた手つきで雨戸を引いた。狭い建物である。四畳半ばかりの部屋がひとつと縁側、そして小さな便所、その他には何もない。部屋の中には長いあいだの暗闇の名残りのように、饐えた匂いが微かに漂っていた。それは僕にある種の粘土を思い出させる。工作のあとでどれだけ丁寧に石鹸で洗っても皮膚から洗い落とせない粘土の匂い。手にしみついてしまった粘土の匂いである。夏の太陽が部屋の四分の一ばかりのところに光の境界線をしっかりと刻み、蝉の声だけがあたりに響いていた。 句会が行われているあいだ僕は一人で縁側に座り、薮蚊を叩きながらぼんやりと外の景色を眺めていた。…」。この縁側から外を見ても木が生い茂っていて何も見えませんでした。当時は余り木が繁っていなかったのかも知れません。訪ねた時期が11月末だったので紅葉が綺麗でしたが!

左上の写真が村上春樹の父親が開けた幻住庵の雨戸です。四畳半の部屋の写真も掲載しておきます。現在「幻住庵」はいつでも見学できます(月曜日はお休みです)。

石山寺>
 幻住庵から石山寺まで歩いて約1.5Km程です。「…我々は句会を終えると持参した弁当を食べ、庵をもとどおりに密閉して山を下りた。そして石山寺でひと休みしてから、瀬田川に添って歩いた。歩きながら、父親は木曾義仲の最期の様子を話してくれた。「芭蕉って貧乏だったの?」帰りの電車の中で僕は父親にそう訊ねてみた。 「そ,つだね、金持じゃなかった」 「有名な人だったんでしょ?」 「もちろん有名な人だったよ」 「でも、あんな山の中に住まなきやいけないくらい貧乏だったんだ」 「貧乏だったから山の中に住んだというわけじゃないんだ」と父親は言った。「自分で希望して寂しいところに住んだんだよ」 父親はそれ以上の説明はしてくれなかったけれど、僕はそれなりに納得した。…」。なかなか面白い親子の会話です(村上春樹のフィクションかも知れませんが!!)。

右の写真は石山寺です。紅葉がとても綺麗なお寺でした。この石山寺に芭蕉庵があり、芭蕉が度々訪ねたそうです。残念ながら村上春樹はこの芭蕉庵を訪ねていないようです。


【参考文献】
・太陽 1981年10月号:平凡社
・方丈記:岩波文庫
・風の歌を聴け:村上春樹、講談社文庫
・1973年のピンボール:村上春樹、講談社文庫
・羊をめぐる冒険(上、下):村上春樹、講談社文庫
・世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(上、下):村上春樹、新潮文庫
・ダンス・ダンス・ダンス:村上春樹、講談社文庫
・ノルウェイの森(上、下):村上春樹、講談社文庫
・さらば国分寺書店のオババ:椎名誠、新潮文庫
・村上朝日堂:村上春樹、新潮文庫
・村上朝日堂の逆襲:村上春樹、新潮文庫
・村上朝日堂はいかにして鍛えられたか:村上春樹、新潮文庫
・村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた:村上春樹、新潮文庫
・村上朝日堂 はいほー!:村上春樹、新潮文庫
・辺境・近境:村上春樹、新潮文庫
・夢のサーフシティー(CD−ROM版):村上春樹、朝日新聞
・スメルジャコフ対織田信長家臣団(CD−ROM版):村上春樹、朝日新聞
・村上春樹スタディーズ(01−05):栗坪良樹、拓植光彦、若草書房
・イエローページ 村上春樹:加藤典洋、荒地出版
・イアン・ブマルの日本探訪:イアン・ブルマ(石井信平訳)、TBSブリタニカ
・村上春樹の世界(東京偏1968−1997):ゼスト
・村上春樹を歩く:浦澄彬、彩流社
・村上春樹と日本の「記憶」:井上義夫、新潮社
・象が平原に還った日:久居つばき、新潮社
・ねじまき鳥の探し方:久居つばき、太田出版
・ノンフィクションと華麗な虚偽:久居つばき、マガジンハウス
・アフターダーク:村上春樹、講談社
 

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