
太宰治の訪ねた戦前の熱海については、檀一雄が「小説 太宰治」の中で、詳細に書いています。昭和11年後半の太宰といえば、パピナール中毒からようやく開放されて、すこしづづ書き始めていたころだとおもいます。檀一雄の「小説 太宰治」からです。
「井伏さんの覚え書きによると、昭和十一年の十二月という事になっている。本郷の私の下宿に思いがけぬ、女の来訪客がやってきた。
誰かと思って、出てみると、初代さんだった。
「ああ、奥さんか、津島君どうかしたんですか?」
「いいえ、ちょっとお願いがあるのよ」と、初代さんは穏和にほほ笑むようだから、
「よかったら、どうぞ」
「じゃ、ちょっと」
と、初代さんは素直に私の部屋に上がってきた。
「お願いって?」
「あのね、津島が熱海に仕事をしにいってますの。お金がないといって来ましたから、やっとこれだけ作ったのよ。檀さん、すみませんけど、持っていって下さらない? そうして早く連れて帰って来て下さいね」…」。
太宰は小説を書きに熱海に行っていたとおもうのですが、結局、何も書かずに遊んでいただけだったようです。ミ木乃伊(みいら)取りが木乃伊になるお話です。
★写真は熱海の話が書かれている檀一雄の「小説 太宰治」です。今読むのなら、「太宰と安吾」の方が良いとおもいます。このなかに”熱海行”として、同じものが掲載されています。