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最終更新日:2006年12月25日



●「愛と死をみつめて」のロケ地を歩く (TV-asahi版) -第一回-
  第一回2006年5月28日、第二回2006年6月3日、第三回2006年6月10日
  四版2006年8月29日 四ヶ所の写真を追加 
<V01L01>

 「愛と死をみつめて」のロケ地を歩いてみました。今回は2006年3月18日、19日二夜連続で朝日放送系で放送された「愛と死をみつめて」のロケ地を歩きます。(第一回です、順次更新していきます)

お二人の名前については、ミコ(大島みち子)さん、マコ(河野実)さんと書かせて頂きます。ミコ(大島みち子)さんについては正式には大嶋みち子さんです。マコ(河野実)さんは現在は河野實と掲載されています。


ミコ(大島みち子)さんの実家(赤穂)>
 どういうわけか、朝日放送系で放送された「愛と死をみつめて」のミコ(大島みち子)さんの実家は兵庫県赤穂市になっていました。西脇市では場所が分かりにくかったのでしょうか。なにかピンと来ませんね。

左の写真が「愛と死をみつめて」の一番最初の映像です。赤穂市といっても赤穂城からは少し離れた坂越の奥籐酒造の裏手の丘の上から坂越湾を撮影しています。全く同じ構図で撮影しましたのでビデオを見られれば全く同じなのが分かります。テレビでは海の向うにうっすらと島影が見えているのですが今回は曇っていて見えませんでした。又、右側の島影の所にマンションが映っていますが、本編では消されていました。デジタルは何でも出来るのですね。

赤穂市坂越付近地図




大島家、その一(滋賀県)>
 マスコミがミコ(大島みち子)さんの実家に押しかける場面です。赤穂で撮影されなければならないのですが、撮影場所は滋賀県東近江市五個荘金堂町です。この地区は昔の町並みがよく保存されており、しばしば撮影に使われています。

左の写真の神社の所が子供たちが遊んでいるところを記者たちが走って行く場面で使われています。この地区ではこの他、場面二場面三場面四、の三カ所ほど使われていました。

西脇高校(滋賀県:五個荘小学校)> 2006年6月11日追加
 ミコ(大島みち子)さんが通った西脇高校とて撮影されています。自転車通学のシーンと、ESSの発表を講堂でおこなうシーンが撮影されていました。この場所は撮影によく使われているそうです。

右の写真は五個荘小学校です。手前の道をセーラー服姿の広末涼子さんが自転車に乗ってきます。写真の体育館の中でESSの発表会が開かれます。広末涼子が壇上で英語でスピーチする場面で使われていました。

滋賀県東近江市五個荘金堂町地図




大島家 その二(滋賀県)>
 ミコ(大島みち子)さんの実家です。実際は機織屋さんなのですが、今回は酒造屋さんになっていました。岡村本家という酒造屋さんでした。赤穂も酒造屋さんだったので、丁度良かったのかもしれません。場所は滋賀県犬上郡豊郷町大字吉田で、五個荘金堂町からは5〜6Km程の距離です。

左の写真がミコ(大島みち子)さんの実家となった岡本本家さんです。この家の前にマスコミの車がたくさん止まって取材に来ます。又、雪の日にミコ(大島みち子)さんが同志社大学合格を家の前に待っている両親に知らせる場面にも使われています。

<岡本本家> 2006年6月11日追加
 ミコ(大島みち子)さんの実家になった岡本本家さんです。この岡本本家さんを見学すると、「愛と死をみつめて」の撮影コーナーが出来ていました。社長さん(社長だとおもいます)がお休みなのにわざわざ説明してくださいました。電信柱がコンクリート製だったので茶色の布を巻いて撮影していたそうです。いろいろありがとうございました。

右の写真が「愛と死をみつめて」の撮影コーナーです。撮影用の暖簾も飾ってあり「酒造元 大島」と書いてありました。写真を拡大してみてもらうと、撮影用に一升瓶等のいろいろなものが作られていたのが分かります。

赤穂海岸(滋賀県:休暇村近江八幡)> 2006年6月11日追加
 TV-asahi版「愛と死をみつめて」でミコ(大島みち子)さんと妹さんが二人で犬の散歩に海岸を歩いているシーンがあります。この場面でミコ(大島みち子)さんは倒れ発病します。

左の写真はミコ(大島みち子)さんと妹さんが散歩しているシーンで使われた浜辺です。滋賀県近江八幡市の休暇村近江八幡で撮影されています。この場所はミコ(大島みち子)さんのご両親が浜辺で休むシーンがあるのですが、同じ場所でした。赤穂なら海なのですが、ここは琵琶湖でした。

滋賀県近江八幡市、犬上郡豊郷町大字吉田付近地図




大阪駅(大阪:中之島公会堂)>
 マコ(河野実)さんがアルバイトで大阪駅に来る場面に使われています。この場所は大阪の中之島公会堂です。初めて大阪が出てきます。大阪でストーリーが進むのですから全体的にもう少し大阪を映してほしかったです。

左の写真が大阪の中之島公会堂です。建物自体は古いのですが、障害者用のスロープが在ったりして、良く見ると現代なのです。因す。

大阪駅ホーム(静岡県:大井川鐵道千頭駅)>
 何処かとおもったら大井川鐵道の千頭駅でした。電機機関車が駅に着くシーンから始まるのですが、撮影は千頭駅の外側から映していました。当然、大阪駅の看板はありませんでした。バックもビルになっていましたので、デジタル処理されているようです。

右の写真の電車の所に電機機関車が入ってきました。向こう側のホームに止まっている電機機関車です。又、大阪駅から阪大病院へ電話をかけるシーンがあるのですが、駅構内から此方側を撮影しています。駅舎の横の公衆電話からかけているのですが、駅舎は本物かとおもっていたら、ありませんでした。


ミコさんの兄の会社:大阪ガスビル)> 2006年6月11日追加
 ミコ(大島みち子)さんのお兄さんが勤める会社です。マコ(河野実)さんがお兄さんにミコ(大島みち子)さんの容体を聴きに行く場面で使われています。なんでこのビルが使われたかよく分かりません。数少ない大阪でのロケ地です。

左の写真が大阪ガスビルです。戦前の建物でかなり有名な建物なので見れば直ぐに分かります。大阪市中央区平野町四丁目ですが、地下鉄の御堂筋線淀屋橋駅をおりて難波方面に少し歩いた右側にあります。

●「愛と死をみつめて」のロケ地を歩く (TV-asahi版) -第二回-
  第二回2006年6月3日 二版2006年6月10日 三版2006年8月29日三カ所の写真を追加 <V01L02>

 『「愛と死をみつめて」のロケ地を歩く』、第二回目です。今回は東京周辺を掲載します。本来は大阪でロケしないと駄目なところを東京近郊ですましています。すこし残念です。

お二人の名前については、ミコ(大島みち子)さん、マコ(河野実)さんと書かせて頂きます。ミコ(大島みち子)さんについては正式には大嶋みち子さんです。マコ(河野実)さんは現在は河野實と掲載されています。

昭和30年代大阪駅付近地図




信濃寮(文京区:鳳明館台町別館)> 06年6月10日信濃寮を追加
 マコ(河野実)さんが中央大学に入学してから下宿していた信濃寮です。本物の信濃寮は「愛と死をみつめての東京を歩く」を参照してください。中野駅から徒歩10分位の所にあります。

左の写真がTV-asahi版「愛と死をみつめて」で登場する信濃寮です。この信濃寮は東京では有名な旅館で、鳳明館台町別館といいます。文京区の東大の近くにあります。写真の正面が信濃寮です。実際の撮影では左側のブロック塀の所に木製の塀を作っていました。

中野美観街(東京:六角橋商店街)>
  2006年8月29日追加
 マコ(河野実)さんは信濃寮で開催された仮装行列に参加します。信濃寮は中野ですから近くの商店街といえば中野美観街(現在はサンモールと呼ばれています)です。「五木寛之の東京を歩く-2-」でも中野美観街について書いていますので見ていただければとおもいます。

右の写真がTV-asahi版「愛と死をみつめて」で仮装行列を行った商店街です。何処かとおもったら六角橋商店街でした。福島公設市場の撮影場所と同じになってしまっています。ただ道は一筋違っていますが! 写真はTVとまったく同じ所から撮っています。お店の看板は替えているようです。

出入橋(東京:常盤橋)>
 マコ(河野実)さんが大阪駅から阪大病院に向う途中に渡っていた橋です。阪神電車の出入橋東踏切を超えて直ぐに右に曲がると新出入橋になります。直ぐに曲がらずに少し歩くと出入橋です(何方を渡っていたかは定かではありません)。当時は堂島川から掘割が大阪駅まで伸びていました。掘割は昭和39年に阪神高速を作るために埋め立てられてしまいました。ですから橋はもうありません。

左の写真がTV-asahi版「愛と死をみつめて」で登場する出入橋です。この橋は他のロケでもしばしば使われており、見て直ぐ分かりました。東京都中央区の日本橋川に架かっている常盤橋です。橋の上には首都高速が走っており、日本銀行本店の外堀通りを挟んだ向かい側にあります。元々は江戸城の外堀に架かっていた橋で、明治時代に架け直されています。現在は人の通行のみです。

同志社大学(東京:浴風園)> 2006年6月11日追加
 ミコ(大島みち子)さんが通っていた京都の同志社大学です。同志社大学は京都御所の裏側にあるのですが、TV-asahi版「愛と死をみつめて」では、東京で撮影されたようです。同志社大学の建物は昔のまま残っています。すこし真面目にロケしてほしいです。

右の写真は同志社大学としてロケで使われた杉並区高井戸西の浴風園です。建物の雰囲気が同志社大学によく似ています。同じ構図で撮影していますが、ベンチの位置がすこし違います。

福島公設市場(東京:六角橋商店街)>
 ミコ(大島みち子)さんとマコ(河野実)さんが買物に出かけた商店街です。日活版の「愛と死をみつめて」では、本物の福島公設市場で撮影されていました。もっとも日活版は昭和39年ですからバリバリの福島公設市場があったわけです。TV-asahi版「愛と死をみつめて」では福島公設市場は既に移転しているため神奈川で撮影されていました。

左の写真がミコ(大島みち子)さんとマコ(河野実)さんがポーク(豚肉)を買った肉屋さんです。このお店は写真の通り、乾物屋さんで肉屋さんではありませんでした。撮影用に肉屋に替えたようです。場所は神奈川の六角橋商店街です。手前の商店街から歩いて来る構図で撮影されていました。

中央大学(東京:文化学院)> 2006年8月29日追加
 マコ(河野実)さんが通っていた東京の中央大学です。当時の中央大学は東京のお茶の水にあったのですが(現在は移転しています)、TV-asahi版「愛と死をみつめて」では、同じお茶の水にある文化学院で撮影されたようです。

右の写真は文化学院の正面入口です。中の教室を撮影しようとおもったのですが工事中でした。

東京付近地図




阪大病院(水戸:三の丸庁舎)> 2006年6月11日修正
 ミコ(大島みち子)さんが入院していた阪大病院です。東館ではなくて本館の正面入り口です。

左の写真は茨城県三の丸庁舎正面です。前の道をマコ(河野実)さん役の草なぎ剛は、上記の出入橋(常盤橋)から走って入ります。

阪大病院玄関内(東京:日比谷公会堂入口)>
  2006年8月29日追加
 ミコ(大島みち子)さんが入院していた阪大病院玄関です。東館ではなくて本館の正面入口です。

左の写真は日比谷公会堂の二階入口付近です。阪大病院本館入口を入った所の玄関付近の撮影は東京の日比谷公会堂で撮影されています。普段は入れませんので、ある発表会で撮影させていただきました。この写真は拡大しませんので悪しからず!

阪大病院屋上(水戸:東水ビル屋上)>
 阪大病院の屋上は度々ミコ(大島みち子)さんとマコ(河野実)さんのシーンで使われています(日活版では阪大病院の近くのビルの屋上が使われていました)。このビルの屋上から見た景色は堂島川から阪大医学部と、遠くに通天閣が見える必要があり、実際のシーンでは風景が合成されていました。

右の写真のビルの屋上が阪大病院屋上としてロケされていました。水戸市南町三丁目の東水ビルです。このビルは現在使用されておらず、屋上に入れませんでしたので、外観のみの写真になりました。

水戸市付近地図



●「愛と死をみつめて」のロケ地を歩く (TV-asahi版) -第三回-
  第三回2006年6月10日 二版2006年8月29日 <V01L01>

 『「愛と死をみつめて」のロケ地を歩く』、第三回目です。今回は今まで掲載したところの大幅追加、マコ(河野実)さんの奥様となる喜美子さんの実家付近、伊那市付近を掲載します。何方も違う場所でロケをしています。

お二人の名前については、ミコ(大島みち子)さん、マコ(河野実)さんと書かせて頂きます。ミコ(大島みち子)さんについては正式には大嶋みち子さんです。マコ(河野実)さんは現在は河野實と掲載されています。

横須賀警察署(銚子市:銚子市公正市民館)>
 マコ(河野実)さんは文学全集を一冊毎月送ってくる喜美子さんを探します(喜美子さんはマコ(河野実)さんの奥様になります)。消印が横須賀局なので横須賀郵便局、横須賀署と訪ねて歩きます。なかなか教えてくれませんが、最後に横須賀署の婦人警官の方が間接的に教えてくれます。

左の写真がTV-asahi版「愛と死をみつめて」で登場する横須賀署です。この前に神奈川県警と書かれたパトカーが置かれていましたので神奈川だとは分かります。撮影に使われた建物は千葉県銚子市の銚子市公正市民館です。銚子電鉄銚子の駅から500m位です。

喜美子さんの実家への坂道-1-(銚子市:外川町四丁目)>
 マコ(河野実)さん役の草なぎ剛と婦人警官が喜美子さんの実家を探して歩いていた坂道です。横須賀のイメージで坂道を歩いたのだとおもいます。

右の写真は銚子市の外川町四丁目の外川漁港へ向う坂道です。殆ど同じ構図で撮影しました。天気が良くなくて港が殆ど映っていません。マコ(河野実)さんと婦人警官は坂の下から此方へ歩いてきます。

喜美子さんの実家への道-2-(銚子市:市営犬吠住宅)>
 マコ(河野実)さん役の草なぎ剛と婦人警官が歩いた道です。この写真の左側の一番向こう側の家を婦人警官は訪ねています。草なぎ剛はこの時、右側で待っていました。この後、喜美子さんの実家を教えてもらいます。

左の写真は銚子電鉄外川駅近くの市営犬吠住宅です。イメージ的には昭和30年代のアパートですね。住んでいる方に申し訳ありませんが!

銚子市付近地図




伊那市の自宅付近(山梨県芦川村の民家)>
 マコ(河野実)さんの実家です。伊那市東春近の本物の実家を知っていますので、なんとも言い難いです。TV-asahi版「愛と死をみつめて」で登場する実家は建物的には合っていますが天竜川と駒ヶ岳のイメージが出ていませんでした。

左の写真は山梨県東八代郡芦川村の民家です。小高い山の中腹にありました。母親役の室井滋との実家でのシーンやマコ(河野実)さん役の草なぎ剛が薪割りをしたりするところでも使われています。芦川村では、ミコ(大島みち子)さんが手術をするときにマコ(河野実)さんがお祈りをした神社自転車で走るシーン等も撮影されていました。

伊那駅(静岡県:大井川鐵道田野口駅>
  2006年8月29日追加
 マコ(河野実)さんの実家がある長野県の伊那駅です。マコ(河野実)さんがこのフラットフォームに列車が停車して父親が降りてくるのを待っている場面で使われていました。又、この田野口駅の駅舎はマコ(河野実)さんがミコ(大島みち子)さんに電話する場面でも使われています。

右の写真は大井川鐵道田野口駅です。当時の雰囲気を出すということで大井川鐵道の田野口駅を使っていました。大阪駅と同じパターンです。

芦川村付近地図




伊那北高校(静岡市:静岡聖光学院中高等学校)>
 TV-asahi版「愛と死をみつめて」の最初のシーンで伊那北高校が登場します。マコ(河野実)さん役の草なぎ剛が伊那北高校でラクビーをしているシーンです。此方も本物の伊那北高校を見てきたのでなんともいえません。

左の写真は静岡聖光学院中高等学校の校庭です。この校庭をマコ(河野実)さん役の草なぎ剛がラクビーボールを持ちながら走り回っていました。

これから時間をかけて追加修正していきます。



【参考文献】
・「愛と死をみつめて」終章 もうひとりのミコ:河野実 大和書房
・その後の「愛と死をみつめて」 佐智子の播州平野:河野実 フーコー
・愛と死をみつめて ある純愛の記録:河野実 大島みち子 大和書房
・若きいのちの日記 愛と死の記録:大島みち子 大和書房
・大阪大学一覧(昭和35年度):大阪大学総務部
・メダカはどこへ;河野實、展望社

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