事件自体は昭和11年に起こっており、かなり古いのですが、昭和51年に大島渚監督が映画「愛のコリーダ」で有名になり、平成9年には「失楽園」のモデルになったり、最近では大林宣彦監督の「 SADA 」が公開されたりしてマスコミからは常に脚光を浴びている事件です。(昭和11年2月には陸軍将校のクーデターである2.26事件が起こっており、昭和11年は世相が大きく変わろうとしていた時代です) 昭和11年(1936)5月18日、東京都荒川区尾久町1881、尾久三業地の待合「満佐喜」で男が殺されました。男は50歳位のいなせな格好をした遊び人風で、一週間前から31、2歳位の玄人らしい美人をつれて泊り込んでいました。殺された朝、女は外出しましたが、男はなかなか起きる気配がないので、不信を抱いた待合の女中が午後2時55分ころ、二階の寝室に見に行ったところ、男が蒲団の中で絞殺されていました。男は下腹部を切り取られ、又男の太股には血で「定、吉二人」と書かれており、猟奇な殺人事件として警視庁は尾久署に捜査本部を設け、大捜査を開始しています。